2度目の初恋 6話 執着心








記憶を無くした私に、彼との関係を「幼馴染」で「恋人」だと周りは教えてくれた。

幼なじみといったら律君しか頭に浮かばなくて
恋人だといってもそんな感情は心当たりがなかったから
最初はどう接すればいいかわからなかった。

でも彼が私を見る目が悲しみにあふれていたから
きっとそれはウソじゃないんだと思って
私は一生懸命思い出す努力をしていた。

話をしても最初はぎこちなくて
避けられることもあった。
それでも話しかけていたらいつの間にか、彼の目が変わっていた。

たわいもない話で笑いあって、困っていると助けてくれて、
いつも暖かい優しさをくれる彼。

最初は同情や彼に対して申し訳ないという気持ちがあったからかもしれない。

だけど今は違う。

ーーーーもっと知りたい。

彼のことを思うと胸がドキドキと高鳴高鳴って、
それと同時に不安で胸が押しつぶされそうになる。

ーーーー彼が優しくしてくれるのは、幼馴染だから?

彼の知る過去の私を、私は知らない。
彼が私を通して違う誰かを見ているような気がして胸が張り裂けそうになる。

この複雑な感情の名前を私はまだ知らない。


















先輩…ここがうまく弾けないんですけど…」
「あ、これね。ここはーー」

来週の卒業式に向けて、オケ部では当日演奏する曲の練習が急ピッチで行われていた。
全体練習前の個別練習として、今日の放課後は各パートごとに別れて練習することになり、
ヴァイオリンパート1は響也がリーダーとなって音楽室で練習、
ヴァイオリンパート2のリーダーはで森の広場で練習することになった。
そしてその他チェロやヴィオラなども2年生が主体となって校内に散らばって練習している。

森の広場ではヴァイオリンパート2のメンバと一緒に練習を行っていた。
2年生は過去に一度演奏したことがあるため率先的に1年生に教えていて、も1年生に教えているところ突然後ろから声をかけられる。

「ちょっと、!」
「な、なっち?あれ音楽室で練習してるんじゃ…?」
「いいから、ちょっと来て!」

の腕を引っ張って無理やり離れた場所に連れて行こうとしているのは友人のオケ部の仲間でもある夏希だった。
ヴァイオリンのメンバから少し離れた場所に連れていかれ、二人きりになると夏希は真剣な表情をしていた。

「…なっち、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないって。今如月君が普通科の1年に屋上に呼び出されてるよ!」
「え…?」
「だーかーら、今日のランチで聞こえてきた話!普通科の1年生!」
「あ…」

の頭の中に今日の昼休みでの出来事がよぎる。





それは、夏希と奈央の3人で屋上でお昼を食べた後、ガールズトークをしながら教室に戻っていた時だった。
偶然通りがかった教室から話し声が聞こえてくる。

『今がチャンスだって!あの人、響也先輩のこと忘れちゃってるみたいだし』

突然響也の名前がでたことで、夏希と奈央とは、目を見合わせて立ち止まった。
教室の中から見えないようにそっと教室に近づく。

『チャンス…かな?』
『そうだよ!だって、記憶無くしてるんだから、もう恋人でもないだろうし』
『そうそう。絶対美穂の方が可愛いし、響也先輩に釣り合うって!』
『第一、記憶無くしてから美穂だけじゃなくて、ほかの1年生も告白しようかなって子多いよ。今しかないって!』

教室の中での話を廊下で黙って聞いていた3人。
中でも奈央はイラッとした表情をしていて、今にも部屋の中に入っていきそうな様子だったが、夏希が落ち着いてと小さな声で押さえていた。

『だって、冬に付き合い始めたっていっても、響也先輩優しいからさ、幼なじみからの告白断りきれなかったんだって!』
『確かに、ありえるよね〜!ま、でも丁度記憶なくしてくれる今がチャンスだよ』

教室の中で2人に背中を押された1人が、何かを決意したように言う。

『じゃぁ、今日夕方に委員会の用事で響也先輩に会うから、その時伝えてみようかな?』
『お、がんばれー!』

は胸が痛みながらも夏希と奈央の手を取って、教室の中にいる彼女たちにばれないように、そっとその場を後にする。

『あはは、ごめんね…なんか嫌な空気になっちゃって…』

そういいながら教室に戻って無理やり笑っているを見た夏希は、彼女の背中を優しくたたいた。

『もう、が謝る必要ないじゃない。…前にも言ったと思うけど、夏のコンクール以降如月君は後輩から人気なのよ』
『…そうそう。二人が付き合ってからはそういう話聞かなくなったし、もう皆あきらめたのかなぁって思ってたんだけどね〜…』

奈央も励ますようにの手を握る。

『2人とも、ありがとう。でも、記憶を無くしてるのは確かだし、響也くんにも付き合ってるのかどうかなんて今さら聞けなくて。
幼なじみも恋人も、今の二人に当てはまらないなぁって思ってたから…あの子たちがそう思うのも仕方ないよね…』
…』

夏希と奈央は目を合わせて頷くとの方を見て大きく笑った。

『大丈夫よ!どーせ、あいつはあんた一筋なんだし!ほかの人間が入る隙間なんてこれっぽちもないんだから』
『そうそう!絶対大丈夫だから』
『…ありがとう』

2人に励まされて少し元気がでたものの、心のどこかで気になりながら午後の授業を過ごしていると、あっという間に放課後になった。
そして、オケ部の練習のため音楽室に響也と夏希と一緒に向かい、ミーティングを行った後に各パートごとに練習をはじめて今に至る。

夏希は響也の行動を見ていたのか、ヴァイオリンの練習を少し抜けるといった彼をみて慌ててを呼びに来たのだ。

ーーーー彼が後輩から告白されたら、なんて答えるんだろう。

知りたい気持ちと同時に、知るのが怖いと思った。
そして、そんな覗きみたいなことをしてはいけないと思いながら悩んでいると夏希がの背中を押す。

「え、なっち…!?」
「ヴァイオリンパート見ててあげるから、ね?は私に頼まれたと思って行ってきて!屋上だからね!」

友人の後押しには決心ができたのか、頷くとそのまま走って屋上へと向かう。
屋上にいって、自分が何をしたらいいのかわからないけれどただ一生懸命に走った。

ーーーー嫌だ。

走りながら、は強く思った。

彼が誰かに告白されて付き合うことになって、自分以外の人に優しくして
微笑んでいる姿を想像するだけで、胸が苦しくて涙が出てきそうになる。

記憶を無くした自分が言うのは自分勝手なのかもしれない。
だけど、嫌だ。
そして、強く思うその気持ちの意味に気づいた。

ーーーー私は彼のことが”好き”なんだ。

彼から向けられた視線が、過去の自分に向けられているのかもしれないという不安。
それは過去の自分に対しての嫉妬。

そして、嫌だと今感じているこの気持ちも、告白しようとしている後輩に対しての嫉妬なんだと気づいた。

もやもやとした感情が、風を受けながら全力で走るの心の中で綺麗な形になっていく。
それはまるで花にも似た、きれいな形に変わっていた。














*******













「おー、これこれ。わざわざ悪かったな」

先生に渡す必要があるファイルを、同じ委員会に所属する普通科の後輩に手渡されると響也は嬉しそうに笑った。
屋上は2人以外誰もおらず、静かで。
耳を澄ましていると、森の広場の方からヴァイオリンの音色が聞こえてくる。

(お、のパートのとこもだいぶいい感じに弾けるようになってるな。そろそろ全体練習行けるか…)

そんなことを考えながら、お礼をいって練習に戻ろうとする響也の腕を彼女が突然掴んだ。

「え?」

腕を引っ張られた後、そのまま彼女がぎゅっと響也の胸に抱き着いてくる。

「うおっ?!」

突然の出来事に驚いて固まっていると、胸の中にいる後輩はぎゅっと響也に抱き着いたまま口を開いた。

「あ、あの!響也先輩。ちょっとだけ時間ください!」

そういって見上げてくる1年生の表情は真剣そのもので、響也は疑問符を浮かべながらも頷いた。
そして彼女の両肩を優しく抱いて、体を離す。

「と、突然抱きついてごめんなさい…実は、響也先輩のことがずっと前から好きでした」

突然の告白に響也は驚いて目を丸くしながら後輩の顔を見ると、彼女は顔を赤くしたまま涙を浮かべている。
そんな彼女に響也は優しい笑顔を向けた。

「ありがとう。でも俺には好きな奴がいるから、その気持ち受け取れない。ごめんな」

響也の答えに、彼女の目から涙があふれ納得できないといった表情に変わる。

「…どうしてですか?だって響也先輩の好きな人って先輩ですよね?響也先輩のこと何も覚えてないのにどうして…っ!」
「あー…」

泣いている後輩を見て響也は小さく苦笑した。
涙を流す女性を前にするとどう言っていいかわからなくなる。
それでも、真剣に思いを伝えてくれたから彼女への礼儀として、きちんと本当の気持ちを伝えたいと思った。

「確かに俺のこと全部忘れてることは辛いって思う。でも、結局思い出なんかなくてもあいつはあいつでさ」
「…」
「全然変わらねーの。真面目で頑固なとことか、すぐ面倒なとこ引き受けて俺を巻き込むところも、さ」
「...っ」
「だから、俺はこれからもずっとあいつしか好きになれないと思う。…だから、ごめん」

彼女は涙を流しながら頷いて俯く。
響也が幼なじみのことを思いながら話す表情が、今まで見たことがないぐらい優しい表情をしていて、かなうわけがないと思った。

後輩に背を向けて、響也はそのまま歩き出す。

開いたままの屋上の扉を見て不思議に思いながらも、屋上を後にしようとドアを通り抜ける。
すると、目の前にが立っていた。
いるはずのない人物と鉢合わせして、目を丸くする響也。

「え、お前どうしてここにーーー」
「あ…っ」
「って、おい!」

は、ごめんなさいと謝ってそのまま背を向けて、逃げるように走り去っていった。
突然の出来事に響也はその場に立ち尽くす。

彼女がなぜここにいたのかはわからないが、今の状況を考えると告白の現場を見られていたのだろう。
この場所から告白されていた場所まで距離があるので内容までは聞こえることはないと思うが
おそらく後輩に抱きつかれたところは見られていたに違いない。

響也はを追いかけるよりも先に、階段に座り込んで頭を抱えた。

「あーーー…もう、なんだよ」

顔が熱を持っているように、どんどん赤くなっていくのが自分でもわかった。
今すぐ追いかけて誤解を解かなければいけないのに、動き出すことができない。

「…俺のことなんて忘れたくせに、あんな顔しやがって」

目の前で走り去る彼女の表情は傷ついたように、目には涙を浮かべていた。

それが響也には嬉しくて仕方なかったのだ。
彼女が記憶を無くしてから、初めて見る自分に対する執着心。
それは幼なじみの二人では感じない、それ以上の感情を抱いたときに感じるもの。

「…ったく、やっと気づいたか」

彼女から好きだと言われたわけでもない。
ましてや記憶を思い出したわけでもない。

それでも大きな一歩を踏み出したように思えて、響也はが記憶を無くしてから初めて幸せを噛み締めるように笑った。











あと2話で終わります!最初は暗いお話だったのが、
もうなんか早くくっついちゃえよみたいな感じになってすいません(汗

コルダ4の時もそうだったんですけど、響也はかなでに告白するのはある程度勝算が見えてから
(かなでが響也を男性と意識して避けてから)
でないと動けないのかなぁと。

だから、多分記憶を無くしても好きとか、そういうこと言えなくて
とにかく見守りながら待つしかできないのだろうと。
それぐらい大切何だろうなぁ…なんて思いながら残り2話です。
いつもお付き合いいただきありがとうございます。続きはもう少しお待ちくださいませ!(2016/11/8)