2度目の初恋 2話 失ったモノ

















それは、小さい頃にかくれんぼをしていた時のことだった。
私は、隠れるのに夢中になって林の奥に迷い込んで迷子になってしまう。

雨が降ってきて、だんだんと辺りが暗くなってきて。
戻ろうとしても、どこから来たのかわからなくなり、
どうしようもなくなって、膝を抱えて泣いている小さい私。

『…こんなところにいた!』

突然誰かの声が聞こえて顔をあげると、目の前には同じ年齢ぐらいの少年が肩で息をして立っていた。
私を見るや否や安心した表情になった彼は、どうやら私を必死に探してくれていたようだ。

『ばーか、いつまでも泣くなよ』

その少年は私の泣いている顔を見るなり、小さなため息をつくと隣に座ってそっと手を繋いでくれた。

『ひっく…っだって、ひっく…っ』

誰かが傍にいてくれることに安心して、また涙が溢れてきてしまう。
隣の少年はそんな私の様子を見て笑った。

『あーあ、ほんとお前は泣き虫だな』
『ひっく…だって…もう、帰れないと思ったんだもん…』

泣き止まない私を落ち着かせるように、少年は握っていた手に力を込めた。
先程よりもさらに温もりが伝わってきて、心地が良い。
その温もりのおかげで私は落ち着きを取り戻し、次第に涙はおさまった。

『…俺がついてるから大丈夫だって』
『…うん』
『ほら、こんな林の中でもお前を見つけられただろ?』
『うん』

私は左手で涙を拭いて隣に座っている少年の方を見上げた。
するとその視線に気づいたのか、彼は照れくさそうに視線を逸らした。

『…は危なっかしいから、これからも俺が傍でずっと守ってやるよ』

仕方ねーからな、とぶっきらぼうに言う少年。
目線を合わせない彼の耳と頬は赤くなっていて、照れているのが顔を見なくてもわかった。

その不器用な言葉は優しくて、幼い私は嬉しくて。
いつの間にか不安は消え去り大きく笑っていた。

『…うん、約束だよ!』
『おう、まかせとけって』

少年が握っていてくれた手を、私は両手でぎゅっと強く握り返す。
その触れた手は暖かくて、隣にいるだけで不思議と安心できた。






彼は、すごく私にとって大切な人だ。






…なのに、なぜだろう。
顔がぼやけて、その少年が誰だかわからなくて。







…律くん?








…違う










どうして、大切な思い出なのに
彼の名前を思い出せないんだろう






























「…んっ」

はゆっくりと目を開けた。

ツンとにおう薬の匂い。
だんだんと取り戻していく意識の中、視界に入った天井や匂いで
今自分がいる場所が菩提樹寮にある自分の部屋ではないことを理解することができた。

部屋の中を見回そうと体を起こすと、そこには律や大地などオケ部のメンバ、そして長野にいるはずの祖父がいた。
が体を起こしたのに気づくと、全員一瞬驚いた表情を見せるも、すぐに笑顔に変わった。

…っ!」
!」
ちゃん!」

部屋の中にいた全員がの名前を呼ぶ。
そして、一番先に駆け寄ってきた祖父が涙を流しながらを力強く抱きしめた。

「おぉ…よかった!本当に、本当に心配したぞ…っ!!」

を抱きしめながら祖父は涙を流しながら嬉しそうに笑っている。

「お、おじいちゃん?」

抱きしめられたまま何が何だかわからないような表情でぽかんとしていると、
傍にいた大地が近づいてきていつものように微笑んでウィンクをした。

ちゃん、体調は大丈夫かい?」
「あ、はい」
「そうか、よかった。安心したよ」
「…あの、ここは…?」
「ここは、病院さ。昨夜君は自動車にはねられそうになった時に、避けようとして転倒してね。
その時に、頭を地面に打って意識を失って運ばれたんだ」

大地から病室にいる理由の説明を受けると、だんだんと昨夜の記憶が蘇ってくる。

ニアと菩提樹寮のキッチンで話していたこと。
スーパーに行って、その帰り道に車が飛び出してきたこと。
そしてそれを避けようとしたら大きく転倒したこと。

は自分の手や足を軽く動かしてみると痛みはなかった。
頭を打った箇所は腫れているためずきずきと痛むものの、それ以外はこれといって問題はなさそうだった。

「本当に奇跡といってもいいぐらいだよ。擦り傷とか頭の打身の箇所以外は外傷はないし、脳の方もMRIで検査をしたけど、特に問題はないみたいだ。
さっきお医者さんがいっていたけど、ちゃんの体調さえよければすぐに退院できるみたいだよ」
「さすが、わかりやすい説明だ。実家が医者だけあるな」

ニアの言葉に、ははっと笑う大地。

昨夜、病院についた律から連絡を受けた大地はすぐに病院に駆け付けてくれて、医者とのやり取りを行ってくれたそうだ。
の両親は海外で仕事をしているため、飛行機のチケットを取ったとしても時間がかかりすぐに病院に駆けつけられない。
そして、長野にいる祖父も病院までたどり着くのに時間がかかる。
寮母についてもたまたま昨夜の時間帯は連絡が取れず。

そのため、実家が病院である大地が冷静に病院とやり取りを行ってくれたおかげで、
全員は冷静にの状況を把握することができたのだった。

「あぁ、本当に寿命が縮んだわい」

祖父は抱きしめていたの体を離し、嬉しそうに微笑むと海外にいるの両親に電話をしてくるといって部屋を出て行った。

「…本当に良かった」
「律くん」

祖父が部屋を出ていくと、律が今にも泣きそうな表情でに近づいてくる。

「私も心配したぞ」
「ニア…」

そして律に続いて、ニアもすぐ傍に来て嬉しそうに笑った。
二人の顔を見て、心配してくれていたことが伝わってくる。

「二人とも心配してくれてありがとう」
ちゃん、俺も心配したんだからね」

俺も忘れずにね、といつものようにウィンクをする大地にはつられて笑った。

「後この世の終わりみたいな顔をして、泣きながら一番心配していたのは部屋の奥にいるがな」

ニアはそういいながら後ろを振り返り、部屋の奥で壁にもたれて立っている人物の方をちらっと見る。
その視線の先を追いかけるように、も部屋の奥を見た。

「…別に泣いてねーし!」

壁にもたれかかっていた人物は、ベッドの方へ不機嫌そうな顔で近づいてくる。

「確かに、響也は昨夜からずっとちゃん、ちゃんって泣いてたよなぁ」
「なっ…!」
「…あぁ、がいつ目を覚ますのかと医者に何度も食い掛かってたぐらいだ」
「…律もうるせーよっ!」

ニアや律、そして大地が近づいてくる彼の顔を見ながら笑っている。
近づいてくる人物の顔は3人にからかわれて赤くなり、さらに不機嫌そうな顔をした。

「あー、ったく…。これも全部のせいだからな」
「えっ…、あ、ごめんなさい」

は彼の冗談交じりの言葉につられて慌てて謝ると、その青年の顔をじっと見つめた。

水色の綺麗な髪の毛で、年齢は同じぐらいだろうか。
”響也”と呼ばれている彼は、皆と親しくて。
そして私の名前を呼んで、心配してくれていた。

だから私もきっと彼を知っているはずだ。
それなのに、名前を聞いても、顔を見ても彼のことが何も思い出せない。

違和感を感じているは、首をかしげたまま目の前の"響也"をじっと見つめる。
その様子に全員が一斉にに視線をむけた。

「ん、何かあったか?」
ちゃん?」
?」
「…?」

全員が心配そうに名前を呼ぶと、は意を決した表情で口を開く。

「…あのっ、本当にごめんなさい…。私、以前あなたとどこかでお会いしたことがありましたっけ…?」
「は?お前、何冗談言って…」
「…そのっ、私あなたが誰なのか全く心当たりがなくて」

の発言に、慌てた青年は身を乗り出して問いただそうとするも、
大地がそれを制止するように肩を掴んだ。

「ちょっ、大地何すんだよ!」
「響也、ちょっと少し落ち着いて。…律、先生を呼んできてくれるかな?」
「あ、あぁ。わかった」
「…っ」





















その後、律くんと一緒におじいちゃんと医者が病室に入ってきて、私はそのまま問診を受けることになった。
医師の質問にいくつか答えながら、部屋の隅で律くんの隣にいる彼の傷ついている視線に気づく。
私はその視線に気づいてもどうすることもできなくて、視線をそらすことしかできずにぎゅっと拳を握りしめた。

「…部分的な記憶喪失ということになりますね。ただ、特定の人物だけを忘れるというケースは初めてです」

問診を終えた医者が眉間にしわを寄せながら、少し考えるような表情をみせる。

「脳に異常が見られないので、もうこうなってしまっては、明日何かのきっかけで思い出すかもしれないし、
 一生思い出さないかもしれない。こればかりは何とも言えません…」
「…っ!」

その言葉をきいた響也は酷く傷ついた表情を見せると、何も言わずにそのまま部屋を出ていった。
律はそんな響也を心配してすぐにその後を追いかけて行く。

二人がいなくなって、静かになった部屋。

何かを失った感覚などないのに、彼の傷ついた表情を見るだけで胸が痛んだ。
近くにいたニアが、私の手をそっと握る。

「…お前は悪くない。だから気にするな。あいつも突然のことですぐに受け入れられないだけだろう」

優しい言葉をかけられて、ただ頷くしかできない私は涙をこらえるように目を閉じた。
失ったモノがどれだけ大きなモノか、その時の私はまだ知る由もなかった。

























記憶喪失になった主人公と、響也のお話。(ありきたりなネタでごめんなさい!)
特定の人物の記憶だけなくなるか、現実的にはわかりませんが脳にはまだ解明されていないことがあるようで
そういうこともあるとドキュメンタリーで見ました。(家族とか恋人の記憶がなくなるみたいな)
そこらへんの設定は捏造ですので嫌いな方はごめんなさい。

もし響也と主人公が幼馴染じゃなかったら、どうなってたんだろうか…
みたいな妄想を広げていったお話です。
3,4ってやっぱり幼馴染でお互いのことを知り尽くしてて、やっぱりほかのライバルとは持っていない主人公との過去の関係の深さということでアドバンテージが大きかった気がしますが(律とか冥加を除く)
じゃぁなかったらどうなの?みたいな妄想を書きたくなりまして…。

一応全体のプロットは完了しているので、後は書くだけ^^;がんばります(2016/08/10)