2度目の初恋 1話 それは、きっと何かの間違いだと








「甘い匂いがするな…」

ニアがチョコレートの香りを辿って菩提樹寮の中を歩いていると、のいるキッチンにたどり着いた。
はキッチンで真剣に何かを作っており、ニアは興味津々に彼女の手元を覗き込む。

「…そうか、明日はバレンタインデーか」
「うん。せっかくだからお菓子を作ろうかなって思って」

明日はバレンタインデーのため、は夕食後1人キッチンでお菓子を作っていた。
廊下に漂っていた甘い匂いに納得したニアは、頷きながらキッチンの向かい側の椅子に座る。
おいしそうなクッキーは既に焼きあがっていて、余熱を取るために綺麗に並べられており、その傍ではチョコレートの生地をかき混ぜていた。

「それにしても、クッキーがずいぶんいっぱいあるな」
「これはお世話になってるみんなに配ろうと思って」

もちろんニアにもあるよ。と笑うにつられて、ニアも嬉しそうに微笑んだ。

「それは、ありがたいな。...そして、そのチョコレートの方は如月弟のためということか」
「あはは、ばれちゃった?」

ばれるもなにも、とニアは小さくつぶやいた。
ジルベスターコンサート後に二人が付き合い始めたことは既にから報告を受けているし、
何より付き合い始めてから今までよりもさらに2人の距離が近くなったのは周知の事実だった。
そのためバレンタインデーに特別なお菓子をあげることは容易に想像できる。

混ぜ終わったチョコレートの生地を型に流し込みながらは幸せそうに微笑んでいた。
渡す相手の顔を思い浮かべているのだろうか。
ニアは、小さなため息をつきながら頬杖をついた。

「アイツは幸せ者だな」
「そうかな?ガトーショコラは初めて作るから…おいしくできたら、いいんだけどね」
「何をいまさら」

の料理の腕前は誰もが認めるほど素晴らしかった。
ましてや彼女にベタ惚れの如月弟のことだ。
万が一失敗したとしても心の底から喜んで美味しいといって食べるに違いない。
明日の二人の様子が目に浮かぶようでニアは苦笑した。

(…全く、相思相愛とはこういうことを言うのだろうな)

ニアはが作業している姿を横目に、目の前にある美味しそうなクッキーを見つめた。
そんなニアの視線に気づき、は笑った。

「…もう、一つだけだよ?」
「さすが親友。話が分かる」

(あの男のせいで、親友との時間を奪われているんだから、これぐらい構わないだろう?)

そんなことを思いながら、ニアは目の前にあったクッキーを1つ手に取り口の中に入れた。
ちょうどいい甘さで、サクサクした食感がまた絶妙で。
そのおいしさに思わず顔が綻んだ。

「あぁ、さすがだな。これだったらガトーショコラもおいしいだろう」
「そうだといいなぁ…って、あ!」

丁度型に入れたガトーショコラをオーブンに入れて、スイッチをおした時だった。
は突然、大きな声をあげてがっくりと肩を落とす。

「どうした、そんな声をだして?」
「…ガトーショコラ用に粉砂糖買ってくるの忘れちゃった」
「粉砂糖?ああ、ケーキの上にふりかけるやつか」

は小さなため息をついて、着ていたエプロンを脱ぎキッチンの椅子にかけた。
オーブンの時間を確認すると、ガトーショコラが焼けるまで残り35分。
近くのスーパーまでだったらゆっくり歩いても20分で行って帰ってこれる。

「ニア、私ちょっと買いに行ってくるね」

その言葉を聞いて、ニアは頷いて手を振った。

「私は、ここでお前の手作りクッキーが不届き者に食べられないように見張っておこう」
「ありがとう!」

もニアに手を振ってその場を後にする。
そしてすぐに部屋に戻りコートと財布を取って、菩提樹寮を慌てて出て行った。
その様子をみてニアはふっと微笑んで、頬杖を突きながら携帯を触りの帰りを待つことにした。






















が粉砂糖を買いに行ってから20分が経過した。
オーブンの残り時間も15分と表示されている。

(そろそろ帰ってくるか…)

ニアはうとうとして、欠伸をすると後ろから突然声をかけられる。

「ん?支倉がこんなとこで珍しいじゃねえか」

後ろを振り返ると、そこには風呂上りの響也が立っていてこちらに近づいてくる。
甘い香りに彼は何かを察して、ニヤッと笑った。

「あー、なるほどな。明日がバレンタインだからか。お前も誰かにあげ…」
「言っておくが、私じゃないからな」

響也の発言を遮るようにニアは言葉を発して睨みつける。
かぶせられた言葉に響也は吹き出して笑った。

「あはは、まぁ、そうだろうと思ったぜ。で、が作ってんのか?」
「あぁ。…ちなみに、勝手に覗くなよ。明日のお楽しみとはりきっていたからな」
「げ…っ」

響也はキッチンの向こう側を見ようと近づいていたが、その言葉を聞いて足を止めた。
ニアは不敵な笑みを浮かべ視線をオーブンの方に戻す。
それと同時に響也もきょろきょろとあたりを見回した。

「で、あいつは?」
「材料を1つ忘れて、近くのスーパーに買いに行っているところだ。時間的にはもう戻ってくる頃なんだが…」
「…あー、そういうことか。で、お前が見張り番ね」

響也は状況を理解すると大きなため息をつき、くるっと後ろを向いた。

「どうした?」
「…ったく、夜に外に出るときは俺に声かけろっていってあんのに」

頭をかきながら、響也は急ぎ足で部屋に戻る。
コートを羽織ってキッチンの前を再度足早に横切った姿をみてニアは苦笑した。

幼馴染の関係の時ものこととなるとすぐに心配して、練習が遅くなった彼女を何度も迎えにいったりしていたようだ。
ジルベスタ―コンサート後、関係が恋人同士に変わると、今まで以上にのことを気にかけるようになりさらに心配性になっていた。

「お姫様を迎えにか、相変わらずラブラブなことだ」
「うるせー!」

ニアに背後から茶化されると、響也は顔を赤くして不機嫌な顔をしながら急いで靴を履いた。
そして外に出ようとドアノブに手をかけたときだった。

ーーーードタッドタッドタッ…

「響也!!!」

背中から大きな声と足音が聞こえて、何事かと思い響也は後ろを振り返ると、真っ青な顔をした律が駆け寄ってきた。

「律、どうしたんだ?」

胸騒ぎがする。
律がこんな表情をする時は、決まってに何かがあった時ぐらいで。
小さいころに川で遊んでいて、おぼれかけたを見つけた時とか。
むしろそういったときにしか取り乱さない律。

ニアも何事かと2人に駆け寄ってきた。

「…が、さっき事故にあって救急車で病院に運ばれたらしい」

当たって欲しくなかった嫌な予感があたり、響也の顔も同じように青ざめていく。
そして律の言葉のキーワードだけが頭の中で繰り返され、最悪な状況が頭に浮かんだ。

「おい、どこの病院だ!?あいつは無事なのか!?」

響也はあわてて律に詰め寄り、両肩を掴んで体を大きく揺らした。
その状況を見たニアは二人の間に割って入り、叫んだ。

「おい、落ち着け!今は状況確認の方がさきだろう!」
「…っ!」

ニアの声に落ち着きを取り戻した響也は律から離れて拳をぎゅっと握りしめた。
ニアは大きなため息をつくと、律の方を向く。

「で、はどこの病院にいるんだ?」
「あぁ…、運ばれた先は横浜総合病院だ。すまないが、詳しい状況はまだ何もわからない。のお爺さんも長野から向かっているそうだ」

その言葉を聞いたニアはすぐに携帯でタクシーを呼んだ。
そして、到着したタクシーに乗り込んだ3人は病院へと急いで向かう。

タクシーの後部座席に乗り込んだ響也は目をつぶり、ぎゅっと両手の拳を握りしめて自分の額に押し付けた。
ただ不気味な程静かな沈黙に押しつぶされないよう、何かにすがるように祈った。

















神様でも、仏様でも、誰でもいい
それは、きっと何かの間違いだと笑い飛ばしてくれないか









ちなみに、死ネタではありません。(バッドエンディングが好きでないので…)
どうしても書きたかった長編第2弾は響也小説です。
ここに何のお話かと書くと2話目以降の展開がすぐにばれるので、次回までお待ちくださいませ。
もうタイトルとかでなんとなく想像ついてる人もいると思いますが、2話目以降にトップのあらすじも書き直します…。
どうしても妄想して、書きたいと思ってしまったのです…。

次回がこのお話のキモなのでなるべく早めにアップしようと思います…。
それまでお待ちくださいませ。これからもよろしくお願いいたします。(2016/8/7)