さよならの後に  2話 無音の言葉













「律君に久しぶりに会えるの、楽しみだな」

と響也の2人はヴァイオリンのコンサートを終えて、
同窓会を行うお店に向かうため横浜の繁華街の雑踏の中を歩いていた。

今日は律、大地、ハル、響也、の5人が久しぶりに集まって飲むことになった。
律は大学から海外のヴァイオリン工房に弟子入りしたため海外で暮らしており、
ハルは神社の跡継ぎ、響也とはヴァイオリニスト、そして大地は医者とそれぞれが夢を叶えながら忙しい毎日を過ごしていた。
そのため、なかなか会える機会がなかったのだが、
今回が声をかけたタイミングでたまたま全員が揃うことになり同窓会を開催することが決まったのだ。

「お前、全然変わってねーから、律もおどろくんじゃねーの?」
「それ言うなら、響也もでしょ!」

2人で笑いながら、いつものように同じペースで歩く。
幼馴染でずっと一緒に演奏してきたからか、ヴァイオリニストになった2人の息の合った演奏はたちまち話題になった。
そのため、最近ではよくデュオで演奏することがあり顔を合わせる機会が多い。

「やっぱり響也と弾くヴェートーベンは違いますな」
「…褒めても何もでないぞ」
「えー」

が残念そうな顔をしていると、その隣で突然響也は真面目な顔になった。

「なぁ、おまえさ」
「?」
「大地と結婚しねーの?」
「えっ?」

突然の幼馴染の言葉には驚いた顔を見せた。
その様子に響也は苦笑する。

「いや、おまえらもう10年近く付き合ってのに、全然くっつかねーからさ」

結婚。

10年程付き合っていて、も何度か結婚を意識したことがあったが、
月日が経つにつれ「結婚」という文字はどんどん遠のいていくような気がしていた。

彼はヴァイオリンを弾いている私が好きだというけれど
忙しい彼を近くで支えることができない自分は彼と共に歩むことはできるのだろうか。
私なんかよりも、もっと彼にふさわしい人はいるんじゃないか。
そんなことを考えるようになり、好きなのに次第にどうしていいかわからなくなっていた。

の表情は一瞬暗くなるも、響也に心配をかけないように無理やり笑顔を作る。

「私なんかじゃ大地さんとはつりあわない、なーんて思っ…」

響也は大きなため息をついての言葉を遮ると、すかさず彼女の頭にチョップをした。

「きゃっ!」
「ばーか。お前はそうやってまた悩みすぎ」

チョップをされた頭を押さえて響也を睨みつけると、響也は何度も「ばーか」と言って笑っていた。

「…う…」
「いーんじゃねーの?もっと自分にわがままになれば。」

響也はのあたまをくしゃくしゃになでた。

「お前が何考えてるかは、大体想像つくけどよ。…お前は俺の大切な幼馴染なんだから、ちゃんと幸せになってほしーんだよ。
好きなら好きでいいじゃん。難しく考えなくても。」

響也はくるっとに背を向けてゆっくりと歩き始める。
そして、少し歩いた先での方を向いて笑った。

「…ま、最終的にお前が大地に捨てられたらオレが仕方なくもらってやってもいいけどな」

昔から変わらない響也の無邪気な笑顔に、は涙が込み上げてくるのをこらえた。
幼馴染の優しさを感じながら、は大きく笑った。

「響也はたまには優しいね!」
「ばーか。俺はいつも優しいんだよ」

いつも通りの笑顔に戻ったをみて、響也は小さくため息をつくもその笑顔につられて笑った。










『好きなら好きでいい』

そのシンプルな言葉に、の胸の中で突っかかっていたものが取れたような気がして
久しぶりに心から笑えるような気がした。

































「「「かんぱーい」」」

5人が飲み屋の個室に集まると同窓会が始まった。

「今日のコンサート、行けなくて悪かったな」

律は響也とに申し訳なさそうに謝った。
そんな律らしい言葉に2人は一瞬目を合わせて笑う。

「さっき日本についたばっかの奴に来いなんていわねーよ。第一今日こいつと二人のデュオだぜ?俺はもっとこう、色気あるヴァイオリニストと・・」
「な、私だって響也と一緒だと、哀愁漂う曲しか弾こうとしないから嫌だもん」
「お前もヴェートーベンがいいとかいってたじゃねーか!」
「でもヴェートーベンだってもっと違う曲あるじゃない!」

律の一言から幼馴染コンビがいつものように言い合いを始めると、
その様子を見ていた周りの三人は苦笑した。

「相変わらずのお2人ですね」
「はは、そうだね」

響也との言い合いを見ると、大地は心の中からもやもやとした感情が湧き出してくる。
そんな気持ちが顔に出ないように、ビールを飲みこんだ。
ハルはそんな大地の様子を見て、すかさず話しかける。

「最近、忙しいんですか?」
「そうだね、忙しいかな。でも研修は終わって宿直の回数はだいぶ減ったし、ちょっとはペースができてきたかな。そういうハルはどうなんだい?」
「僕ですか、僕はーーーーー」

2人がお互いの近況の報告をしていると、突然その話を割って入るように響也がハルの肩をぐいっと掴んで引き寄せた。
ハルはバランスを崩しそうになって、響也を睨みつける。

「なぁ、おまえ最近どうなんだよ?」
「うわ、酒くさいですよっ!…響也先輩、もう酔っぱらってますね!」
「酔っぱらうわけねーだろ!このこのっ、お前も飲めって〜!」

が席を外しているためか、次の標的がハルになったようだ。
響也はハルにここぞとばかりにちょっかいを出し始める。
その様子を見て大地はやれやれとため息をついていると、律が席を移動して大地の隣に座った。

「久しぶりだな。元気だったか?」
「あぁ、おかげさまで。律も元気そうで何よりだよ」
「…とはまだ続いてるんだな」
「はは、律は相変わらず直球だな」

律の言葉に大地は苦笑する。

「律。「まだ」、って、人聞きが悪いな。ちゃんと終わるつもりはさらさらないよ」
「…そうか、すまない。次にお前たちに会うときには、てっきり結婚しているものだと思ったからな」

律の口から『結婚』という言葉を聞いて、とある日のことをふと思い出した。

それは大地が病院に研修医として勤め始めて一人暮らしを始めた頃に、一度に同棲をしようと提案をした時のことだ。
大地の中ではそこでOKをもらってから、結婚の話に進もうと思っていたのだが
から返ってきた返事は思いもよらない答えだった。

『大地さんのことは大好きです。…でも、ごめんなさい。今は気持ちの整理がつかなくて』

もしかして、ほかに好きな人でもできたのだろうか。
仕事で忙しい自分に合わせるのが疲れたのかもしれない。

心の中で不安が溢れ出すものの、
その理由を聞くことが怖くて俺は精一杯表情を取り繕った。

彼女の中できっとタイミングがあるんだろう。

そう自分に言い聞かせながら、それ以来俺は一緒に住もうという話を出さなくなった。
ださない、というよりも、できなかった。
それだけ彼女を失うことがひどく怖かったからだ。

そんな出来事があり、大地はと結婚したいと思っているものの、
踏み切ることができないまま今に至る。

もどかしい気持ちが込み上げてきて、大地はため息をついた。

「ため息なんて、何でも器用にこなせるお前らしくないな。」

律は励ますように大地の空いたグラスにビールを注いだ。
そして、話題を変えようと先ほどと話していた話題を振る。

は来月横浜アリーナでジルベスタ―コンサートをプロデュースするって言っていたが、もちろんお前も行くんだろう?」
「え?」
「ん、聞いてないのか?」

は高校の時にまとめていた合奏団のメンバの中で
音楽の道に進んだメンバを誘ってジルベスタ―コンサートを行うそうだ。
出演者には、プロのオーケストラだけでなく響也、東金、土岐、冥加、天宮、七海が参加することが決まっており、チケットは既に売り切れる程人気があるらしい。

最近はとLINEや電話で話すものの、
忙しい俺を気遣っているためか、彼女の口から彼女自身の話を聞くことがなくなっていた。

『大地さん、忙しいと思いますけど無理しないでくださいね』

いつも決まって俺のことばかり心配する彼女に
俺は甘えていたのかもしれない。

「そうなのか…一番傍にいるはずなのに俺は何も知らないんだな」

改めて彼女のことを大切にできていない自分を痛感する。

「まぁ、は自分のことよりもお前のことしか考えてないからな。お前が忙しいから心配かけないようにしてるんだろう」
「…あぁ、わかってるさ」

『わかってる』
その言葉があまりにもいまの状態と矛盾していて、俺は自嘲するように笑った。



























「律君は響也の家に泊まるの?」
「あぁ」
「じゃぁ、また次帰国するとき教えてね」
もヨーロッパで演奏するときは教えてくれ」

同窓会も終わり、居酒屋の外に出る。
は律、ハル、そして響也にあいさつをして大地の隣へ向かった。

3人の帰り道は同じ方向のため、と大地は3人に別れを告げて別の方向へ歩き出した。

久しぶりの二人の時間。
手を繋いで一緒に並んで歩くだけでは幸せで顔が緩んでしまう。

「律君、元気そうでよかったですね。それにハル君も、みんな変わってなくて久しぶりに会えてうれしかったです」
「そうだね、響也も相変わらずお酒が弱いのによく飲むよ」

たわいもない話をしながら歩く。
すると、幸せな時間はあっという間に過ぎて
大地の家に向かう道と駅に向かう道に分かれる十字路にたどり着いた。

「大地さん、明日朝早かったですよね。なので今日は自分の家に帰ります」

そういっては大地と繋いでいた手を放した。

「今日はゆっくり寝て明日のお仕事もがんばってくださいね。それじゃ、おやすみなさい」

は大地に笑顔を向けて、駅の方へ歩き出そうとした時だった。
急に手をぐいっと大地に掴まれて動けなくなる。

ちゃん」

ぎゅっと握られた手。
大地にまっすぐ見つめられて、も大地を見つめ返した。

「…大地さん?」
「君は…」

大地は何かを言いかけるも、その先の言葉を飲みこんで口を閉じる。
そのまま沈黙がしばらく2人を包み込んでいたが、大地はすぐに優しく微笑んでの頭をくしゃっとなでた。

「はは、飲みすぎて、どうかしてるみたいだ。…時間も遅いし、駅まで送ってくよ」

はそんな大地の表情をみると胸が痛くなって、目をそらした。

(あぁ…まただ)

いつからだろう。
何かを伝えようとしているのに、彼がその先の言葉を飲み込んでしまうようになったのは。

今回もそうだ。
多分何か言いたいことがあるはずなのに、伝える途中でいつもの笑顔に戻ってその先の言葉を発しない。

そんな彼の無音の言葉が聞こえなくて。
ずっと隣にいたはずなのに、その伝えたい言葉が何かわからなくて。

は涙が溢れそうになるのを我慢して笑った。

「ありがとうございます」

繋いだ手から彼の気持ちが少しでも伝わってくればいいのに。
そう思いながら大地の手をぎゅっと握った。

2人で手を繋いであるく帰り道。
温かい手のぬくもりが2人を繋いでいるはずなのに、いつもよりも冷たい風が二人の間を通り抜けていった。















あー、暗くてすれ違いばっかでごめんなさい!汗
でも基本は 大地→ ←主人公 なんです。

2人ともお互いを思うが故に、なかなか我侭がいえなくなって。
やっぱり、大人になるにつれて、我慢を結構したり、言えないこととか増えて
何も言わないことが優しさだと思っていてもそれが相手を傷つけてたり・・・。
大人になってうまくかみ合わなくなってくる2人を書いてみました。

3話ではなぜ同棲を断ったのかと、その他もろもろ一気に展開していく予定です。
どうぞ気長にお待ちくださいませ^^(6/8/2016)