さよならの後に  1話 積み重なる好きと不安





ーーーーーーーーーーーがちゃっ

はドアをあけて、暗闇の中慣れた手つきで玄関の電気をつけた。
明るくなると、足元には靴が置かれていないことがわかる。
家主がいないことを確認すると小さなため息をついた。

靴を脱いでひんやりとする廊下の上を歩きリビングの部屋の明かりをつけると、モノがないすっきりとした部屋がを迎える。
手に持っていたヴァイオリンケースとスーツケースを部屋の隅において、1人で座るには大きいソファに腰を掛けた。
そして、携帯の画面を確認すると、LINEのメッセージが1件入っていることに気づき画面を開いた。

『ごめんね。さっき急患の連絡があって、病院に行かなきゃいけなくなって。先に寝ててもらって構わないから。長旅お疲れ様!』

は大地からのメッセージを読むとすぐに返信し、スマートフォンをソファの前にあるテーブルの上に置いた。

静かな部屋の中を見渡すとふと写真立てに目がいった。
モノがないすっきりとした部屋に大切に飾られている写真立てには、
と大地の二人が笑顔で映っている写真がいくつも飾られていた。

ジルベスタ―コンサートの写真。
大地の卒業式。
2人で初めていった旅行の写真、など。

それらの写真を見て、は小さく微笑むもすぐにさみしそうな表情になった。

と大地が付き合いはじめてから10年が経とうとしていた。

は大学を卒業し、ヴァイオリニストの道を進み今では世界中を飛び回って演奏している。
演奏家として評価されている中、高校で合奏団をまとめていた経験を活かして
様々な場所でアンサンブルをプロデュースし、コンサートを開いて成功するなど、
プロデュース業も行うようになりさらに忙しい日々を送っていた。

一方大地はというと、医学部に入学してそのまま医者となり、現在は横浜の大学病院で外科医として働いている。
研修医という肩書もとれて前ほどは夜勤も減ったものの、
担当する患者数が増えたことで、緊急の呼び出しが前よりも増えるようになった。

お互いが夢に向かって順調に進めば進むほど、
2人で会える時間は減っていた。

大学病院に勤め始めると大地は、病院の傍にマンションを借りて一人暮らしを始めた。
忙しいも大地に合鍵を渡されており、お互いが休みの日は大地の部屋で会うようになった。

最近海外で演奏する機会も増えて会えない日々が続き、
電話やLINEなどで連絡を取り合うようにはしているものの、
は大地の仕事の大変さを考えると、なるべく負担をかけないようにと連絡を抑えていた。

ーーーーーー寂しい

だけど、忙しい彼に素直にその言葉を伝える術を持っていなくて、
は邪念を振り払うかのように頭を大きく横に振って深呼吸をした。

「よーし、今日もやっちゃうかなっ」

そういって、ソファから立ち上がり掃除や料理などの家事を始めた。

せめてわずかな休みの日にはゆっくり休んでくれたら、そんなことを想いつつは大地の家の家事をこなしていく。
料理も慣れた手つきで今日の夜食のほかに、1週間程度のおかずを冷凍や冷蔵で保存できるものを作っていく。

「できた!」

全ての家事が終わるころには既に12時を回っていて、は大きなあくびをした。

忙しい大地を近くで支えることができないことに対して自己嫌悪に陥りながらも
その暗い気持ちを振り払うように両頬をたたいて気持ちを入れなおす。

「よし、次のコンサートの曲のおさらいしとこう!」

すれ違う日々が重なって漠然と大きくなっていく不安。
後ろを振り返ってしまえば、その不安に足を掴まれて戻れなくなってしまう気がした。

はソファの上に勢いよく座って楽譜を拡げ、
なるべく暗い気持ちにならないよう楽譜を読み始めたのだった。





























「ふう…」

大地は自販機でコーヒーを購入し、医局にある自分の席に戻った。
そして、コーヒーを一口飲み大きく息を吐いた。
急患対応を先ほどまで行っていて、患者の容体が安定してほっとしたのも束の間、頭の中に思い浮かぶのは愛しい人の顔。

今日は一日休みだったため家にいたのだが、いつものように病院から連絡が入ってしまい
海外から帰ってくると会うことができずに今に至る。

医者となった今、こんな日常は当たり前のことになっていて
やりがいを感じながらも、大切な人に会えない切なさと、それに伴う不安が胸の中に広がっていた。

壁にかかっている時計を見ると深夜の2時。
大地は携帯の画面を見ると、LINEの返信が入っていることに気づく。

『いつもお疲れ様です!体には気を付けてくださいね。あと、夜食作っておくので帰って食べれそうだったら食べてください。明日は朝6時ごろに出ます。』

が出発するまであと4時間。

一目でも会いたい。
その思いが溢れ出し大地は缶コーヒーを一気に飲み干すと、空き缶をゴミ箱に捨てて白衣を脱ぎ、急いで病院を後にした。






























玄関のドアを静かに開けて家の中に入る。
明かりがついたままの玄関とリビングをみて大地は、もしかしてと思い靴を急いで脱いだ。
急ぎ足でリビングに向かうと、案の定、はソファの上で楽譜を持ちながら寝ていて、その様子をみて大地は苦笑した。

「…また、がんばって起きてようとしてくれてたのかな?」

を起こさないようにそっと近づくと、家の中がきれいに掃除されていることに気づく
また、ダイニングテーブルには夜食にラップがかけられているのが目に入った。

海外から帰ってきたばかりで、疲れているはずなのに大地を気遣って家事をしてくれるの優しさに
大地は胸が暖かくなって涙が込み上げそうになった。

の目の前でしゃがみこむと、彼女の髪の毛にそっと触れた。

「…ちゃんはずっとちゃんのままなんだね」

月日がたっても変わらない彼女の優しさに、大地はいつだって救われてきた。
今の自分があるのは彼女のおかげだ。
どんなに大変なときだって、辛い時も、彼女の優しさや支えがあったからこそ前に進めてきた。

俺はこんな会えない日々が続いている状況でも
こうやって君といれば幸せだと感じれているけれど、君はどうなんだろうか。

「…俺はちゃんと大切にできてるかな?」

頭を優しく撫でていると、の目から涙が一筋流れるのが見えた。
その涙に大地は胸がきゅっと締め付けられて、唇をかみしめた。

「…ちゃん」

眠っているの手から、楽譜を取ってテーブルに置くと、彼女の体を起こさないようにそっと両腕で抱き上げる。
疲れているのか全く起きる様子のない彼女から小さな寝息が聞こえた。

そのまますぐ傍にある寝室に連れて行き、ベッドに彼女の体を横たわらせて布団をかける。

「…大地さ…ん」

すると彼女の口から自分の名前が聞こえた。
大地は返事をするかのように、の額に優しくキスを落とした。

10年前のあの日から、月日を重ねれば重ねるほど君をさらに好きになった。
好きになればなるほど、すれ違う2人の日々に胸を痛めて。

「…おやすみ、ちゃん」

大地もの隣に横たわる。

ーーーー君は俺といて幸せだろうか

その問いを面と向かって聞くことができない俺は、自嘲しながらも目の前の彼女の体を抱き寄せて目を閉じた。

腕の中にある温かいぬくもりと、幸せが逃げて行かないように。
何かに祈るように、ただただ強く抱きしめた。









長編です。そのため続きます。
私の中で大地と主人公の未来って医者とヴァイオリニストなので、苦労しそうだな
と思ってそんなお話を書いてみました。
大地だったら4のゲーム中に話をしていた通りスマートに時間を作ったりするかもとか思ったんですけど、
外科医だったら多分最初は思うようにいかないんじゃないかなーっていう妄想です
5話ほどで完結する予定ですので続きをお待ちください〜。(5/31/2016)