それでも、君を好きでよかった
ある日、好きになった女からラブレターをもらった。
ただし、それは彼女からのものではなく彼女の後輩からの。
その手紙を彼女から受け取ると、いてもたってもいられなくなって
思わず彼女に八つ当たりをするかのような怒りの言葉をぶつけて、その場を立ち去った。
横浜の海を一人見つめながら、小さなため息をつく。
彼女は悪くないのに、一方的にぶつかってしまったことに対する自己嫌悪に押しつぶされそうだった。
こんなかっこ悪い自分は初めてだ。
再度ため息をつくと、追いかけてきた土岐が近づいてきて、俺の顔を見ると小さく笑った。
『ふふ、しょげかえった千秋の顔珍しいなぁ』
土岐の言葉に、返す言葉が見つからず舌打ちをすると土岐はさらに笑った。
『いらだっても、あの子には通じへんよ、怖がらせるだけや、千秋やってわかっとうくせに』
『うるせぇよ』
『ええんと違う?たまには千秋も苦労したらええわ』
『いらだっても、あの子には通じない』
そんなことはわかっていたはずなのに。
この思いが平行線だという事実を突きつけられたことが、こんなにも苦しいことだとは思わなかった。
「……」
菩提樹寮のラウンジで一人ソファに座りながら外を見つめる。
今頃あいつは誰かと練習しているのだろうか。
あんなことを言わなきゃ、今頃一緒に練習できていたかもしれない。
そんなことを思いながら、東金は大きなため息をついた。
彼女から『ラブレター』をもらってから1週間がたった。
その間メールも電話も何もしていない。
週末にコンサートがあるわけでも、そして練習する約束すらしていないのに、
あんなことがあってもなお、神戸から菩提樹寮にわざわざ足を運んでいる自分が酷く滑稽に思えた。
ふと、後ろから誰かが近づく気配を感じて東金は振り返ると、そこにはがいて
彼女は神妙な面持ちのまま、近づいてくる。
「…隣…座れよ」
会えてうれしいのに、弱っている自分を見られたのが恥ずかしくて、複雑な感情が邪魔をしてうまく言葉がでてこない。
は静かに頷くと、そのまま隣にゆっくりと座った。
(ーーーーあぁ、こいつの匂いがする)
まるで温かい陽だまりの中にいるような、柔らかくて暖かい彼女の匂い。
いつからか、この感覚が特別で、もっとそばにいたいと思うようになった。
その匂いに引き寄せられるかのように、東金は彼女の肩に頭をのせる。
すると、突然触れられたからか、の体はびくっと強張った。
「動くなよ、逃げるな。お前が俺を落ち込ませたんだ。責任とってあと5分こうしてろ」
いつもの東金らしい発言に、は少し安心したのか、ふと顔を緩ませた。
「落ち込んでいるんですか?」
「あぁ、お前くらいのもんだ。俺を自己嫌悪になんて気分にさせるのは」
2人は僅かに触れる箇所からお互いのぬくもりを感じていた。
しばらく沈黙が流れるも、先に沈黙を破ったのは東金だった。
「…この間は悪かったな、手紙のことお前からすれば八つ当たりみたいなもんだろう。
あの時のお前の驚いた顔…なかなかの見ものだった」
そういいながら、東金はから離れて立ち上がった。
は、ソファに座ったまま東金を見つめるも、少し困った表情を浮かべていて
その表情をみた東金は苦笑する。
「なんだ、まだどうしてオレがあの時怒ったのか、さっぱりわからないって顔してるな。
鈍感すぎるぜ、こんな女に振り回されるんだから俺も焼きが回ったもんだ」
素直に『好きだ』と言葉にしてしまえば、楽になるのかもしれない。
だけど彼女も同じ気持ちではない以上、
伝えてしまえばこんな風に傍にいれなくなるかもしれない。
そうなることが何よりも辛くて苦しいことだとわかっているから、
例えこの先も振り回されるとわかっていても、伝えることはできなかった。
ーーー早く気づいて、俺と同じ気持ちになれよ。
そう思いながら、東金はさらに言葉を並べた。
「俺の気持ちがわからないなら、考えろよ。教えてなんかやらないぜ?
自分の頭と心全部で俺のことだけ考えてみろ」
東金の言葉を聞き終わると、は小さなため息をついた。
そして、ソファから立ち上がると東金の目の前に立って口を開く。
「東金さんも全然わかってないです」
顔を赤らめて、緊張しているのか唇が少し震えているようだった。
「…確かに人のラブレターを渡すのは悪かったかもしれないです。だけどーーー」
は一度大きく深呼吸をして言葉を並べる。
「私にもすごくわかるんです、東金さんを思う気持ち。
もし、手紙を直接渡しに行って、受け取ってもらえなかったらとか、気持ちを拒絶されたらとか…
想いが大きければ大きいほど怖くなるから……だから無碍にはできませんでした」
は、ポケットから封筒を取り出して東金に差し出した。
「…こういうの東金さんと違って慣れてないので、
今はまだ言葉にできないんですけど、どうか受け取ってください」
東金がその封筒を受け取ると、は顔を赤くしたまま小さくお辞儀をしてその場を後にした。
手渡された封筒を開けると1枚のメッセージカードがはいっていた。
『合奏団で東金さんと一緒に演奏できるのがうれしいです。ジルベスタコンサートよろしくお願いします。 』
カードには、彼女らしい真面目な言葉と、綺麗な押し花が添えられていて、
押し花は手作りなのか、メッセージの隣できれいに咲いていた。
そのカードをじっと見つめていると、後ろから足音が聞こえる。
「千秋なんかあったん?今、そこで顔を真っ赤にしたちゃんとすれ違ったんやけど…」
たまたま出かける予定だった土岐は、とすれ違った後にラウンジで東金を見つけたため
何があったのかと興味本位で東金に近づいてきて、手元を覗き込んだ。
「…へぇ、そういうこと」
状況を察したのか、土岐はふっと笑った。
「…なんだよ?」
「千秋にはわからんかも知れんけど、その花はブーゲンビリアやね」
土岐は、カードに添えられた押し花を指さす。
「花言葉はなんやと思う?」
「…?」
「あなたしか見えない、あなたは魅力に満ち溢れてるっていう意味や」
突然知らされる手紙の意味に、東金の鼓動は大きく高鳴った。
「わざわざ手作りで、しかも季節外れの夏の押し花を添えるってことは、ちゃんなりのメッセージなんちゃう?
…彼女も今は合奏団まとめるんで忙しいし、それが精一杯の言葉なんやと思うけど?」
土岐は羨ましいわ、と苦笑すると、用事があるといってすぐにその場を後にした。
一人に残された東金は、顔が一気に赤くなり、脱力するようにソファーにもたれ掛った。
「地味子のくせに、ここまで俺を振り回すとは大した女だぜ、全く…」
言葉とは裏腹に、東金の表情はひどく優しげで。
「…ちゃんと責任とってもらうからな、覚悟しとけよ」
そういって小さくつぶやいた東金の言葉は誰にも聞かれずに消えて行く。
彼女に想いを馳せるように手紙をゆっくりと天に掲げると
ブーゲンビリアは太陽光に反射して、まるで東金の想いに応えるかのようにきらきらと輝いていた。
想えば想うほど
幸せも、痛みも、苦しみも味わったけれど
それでも、君を好きでよかった
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東金さんの想われ√のラブレターイベントが好きです。
今までにない、弱ったところや、怒ったところなど東金さんのいろいろな表情が見れて幸せでした。
やっぱりコルダ3,4と東金さんのイベントはほかのキャラに比べても結構私的にヒットしていましてうれしいです。
ゲームでは鈍感な主人公でしたが、
もしもそのイベントの時に東金と同じ気持ちだったら?というのを妄想しながら書いてしまいました。汗
楽しんでいただけたなら幸いです。
もうちょいギャグテイストも書けるようにしたい今日この頃です…orz
また、いつも小説を読んでいただき、また、拍手や感想等などもいただきありがとうございます。励みになってます
これからもどうぞよろしくお願いします。(2016/05/10)
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