過去の君を知らないかわりに

















2人が付き合い始めて迎える2度目の3月。
まだ寒さが残る3月初旬、東金は新神戸駅の改札前で横浜から遊びに来る彼女を待っていた。

お互いが受験や音楽活動などで忙しくて、会えない日々が続いたため
久しぶりの再会に心が弾んでいた。

腕時計で何度も時間を確認し、そろそろつくころだと改札の方へ視線を向けると、
流れてくる人込みの中で彼女を見つけた。

彼女も東金をみつけて、目が合うとぱっと笑顔になって手を振った。

「東金さん!」

人込みをかき分けて、急ぎ足で駆け寄ってくる彼女に自分も近づいて
そのままその小さな体をぎゅっと抱きしめる。

「久しぶりだな」


ジルベスターコンサートの直後から付き合い始め
そこから遠距離恋愛が始まり、神戸と横浜をお互いが行き来するようになった。

毎週1回は会うようにしていたものの、大学に進学してから東金はさらに音楽活動を増やして
大学の休みの日には全国ツアーで全国を回ったり、
またもコンクールや受験を控えていたりと、なかなか会えない日々も多かった。

電話やメールで連絡を取り合っても、彼女のぬくもりを感じられない日々は辛かったが、
彼女によってもたらされている痛みだと思うと、その痛みですら愛おしいと感じた。


久しぶりに感じる彼女のぬくもり。
もまた東金と同じように、そのぬくもりを愛おしく感じて、背中に回した腕に力を込めた。

その腕の動きから、彼女も同じ気持ちなのだと知って、東金は嬉しくなった。

「どこか行きたい所はあるか?」

から体を放すと、そっと小さな手を取って東金は歩き出そうとしたが、
手を取ったはずの彼女の手が突然離れて、彼女は東金の目の前に回り込む。

目の前に立った彼女はにやにやと何か企んだ顔をしていた。

「行きたい場所があるんですが、その前に・・・」

そういって、はバッグから紙を取り出して、東金の目の前にその紙を突き出す。

「じゃーん!」

突き出された紙に書かれた文字は『合格』、そして大学名。
その大学名を見ると、東金は目を丸くして驚いた。

「どうにか無事に第一志望の大学に受かったので、4月から関西に住むことになりました」

自慢げに報告をする彼女。
大きな笑顔がきらきらと輝いて。

あまりにもふいうちすぎて、うれしさがこみ上げて不覚にも少し涙ぐんでしまう。
ばれないように、東金はすかさずを思い切り抱きしめて顔を見せないようにした。

「合格できるか不安だったので、ちゃんと合格してから報告しようと思ってて、
今まで内緒にしててごめんなさい」

胸の中で彼女は東金の反応にうれしそうに笑っていた。

「・・・なので、今日は1人暮らしをするための物件を見に回りたいです!」

彼女からのお願いに、東金は少しの間彼女の首元に顔をうずめて考えていたが、
何かを思いつき突然体を放して、の手を取り改札の方へ歩き出した。

「却下」
「え?!」

自分の提案がすぐに却下されて、は戸惑う。
そして何も説明されないまま、手をひかれて向かっているのは先ほど降りた新幹線のホームの方へ。

「えっ、東金さん、そっちは改札ですけど・・・っ」
「確か先週からお前の両親は海外から一時帰国してたんだよな?」
「はい」
「じゃぁ、今からお前の実家に行くと連絡しとけ」
「え!?今から?・・・な、なんでですか?!」
「挨拶に決まってるだろ」
「えええええええーーーーー!」

結局その日はそのまま新幹線にのって、2人で同棲をする許可をもらうために
彼女の両親がいる長野へと向かった。

そして、その日の両親は快くOKをだし、
そのまま半ば強制的に東金がすんでいるマンションに住むことが決まった。

















そして数週間が立ち、暖かくなって桜が咲き始めた3月末。
東金は彼女の荷物が引っ越し業者から引き渡されるのを確認し、そのままライブ会場へと向かった。

いつものように大盛況のままライブを終えると、
東金は急ぎ足で控室に戻り着替えを済ませていた。

その様子をみて土岐は苦笑する。

「ほんま、千秋だけ幸せそうで腹立つわ、なぁ芹沢」

一緒にいた芹沢も頷いた。

「ほんなら、今夜はちゃんに会いに千秋の家に・・・」

土岐の言葉を遮るように東金はにらみつける。
笑えない冗談に顔は引きつっていて。

「いいか蓬生、今日だけはぜったいにくるなよ」
「・・・『今日』でなければええんやね」

にこっと揚げ足をとって笑う土岐に、東金は大きなため息をつくと
その先の土岐の言葉を聞かないように、すぐに荷物をまとめて控室をでていく。

「それじゃ、先に帰るぜ」

そういって慌てて出ていく東金の背中を見送って、土岐と芹沢は顔を見合わせて苦笑した。

「ほんま、人って変わるもんやねぇ」
「・・・・そうですね。部長があそこまで誰かのために動くようになるとは思いませんでした」



















一方その頃、はもらった合鍵を使ってマンションのドアをゆっくりとあけた。
何個かの段ボールがリビングの真ん中に積まれているものの、広くてきれいな部屋だった。
その部屋に一歩足を踏み入れるだけで、これからはじまる生活にワクワクしてしまう。

自分では絶対に手が届かないような広い2LDKのマンション。
ベッドルームに、二人には少し広いリビングダイニング、そして防音の練習室が備わっていて、文句の付けどころがない家。
その広くてきれいな家に入ると、彼の顔が思い浮かんだ。


家賃を最初は半分払うといったものの、聞いた家賃の額は例え半額でも到底払えるものでなく、
頑なに家賃はいらないという彼に、無理やり雀の涙ほどの家賃を払うことを了承してもらって
加えて無理はしない範囲で2人分の家事をすると約束した。

頼ってばかりでは嫌で、私もしっかり彼を支えられるようになりたい。
そう思って説得をすると、「お前は言いだすと折れないな」
そういって笑って了承してくれた恋人。


ここから始まるんだ、とこれから始まる2人の生活に喜びを感じながら腕まくりをする。

「よし、先にできる範囲で片付けちゃおうっと」

そう思って、段ボールに手を伸ばしたときだった。
テレビの隣の本棚に、分厚いアルバムがあることに気づく。

「あれ、アルバムなんてもってないっていってたのに・・・」

そういってそのアルバムを、勝手に覗いて悪いと思いながらも手に取って開く。
購入したばかりなのか新しく、1ページ目にしか写真ははられていなかった。

その1ページ目にはのヴァイオリン発表会の写真と、
先日挨拶をした時に撮影したの両親と写る2人の写真。

「あ・・・」

ふと思い出すのは、昨年のジルベスタ―コンサート前の菩提樹寮での出来事だった。










『・・・なんだ如月たちと写ってるのばっかりだな』

そういって、のアルバムをめくるたびに不機嫌になる東金。
小さいころの写真はほとんど幼馴染と一緒に写っている写真ばかり。

『幼馴染だから』

その言葉に東金はさらに不機嫌になった。

『かもしれないが、気に入らないな。俺の知らないお前をあいつらふたりが知ってるってのは』

写真の中のの泣いている顔、笑っている顔。
どの顔も自分は知らない。
それでも幼馴染の二人だけは、その彼女を知っている。

の目の前で東金は大きなため息をついた。

『ヤキモチ?』

少しからかうように顔を覗き込むと不機嫌な顔がさらに不機嫌になった。

あるページになると、東金はページをめくるのを止めた。
そこには、ヴァイオリン発表会の時にお母さんが用意してくれた赤いドレスをきて緊張して写っている写真。

『これは・・・ヴァイオリンの発表会か?いい色のドレスだ。お前に合ってる』

そうやって指でその写真を優しくなでて、微笑んだ。

『・・・緊張した顔は今と変わらないな。』

知らない過去の写真。
だけど、今自分が知っている彼女の表情も過去の写真の中にあった。

『よし、この写真はオレがもらっとくぜ』

そういって思い立ったようにその写真を台紙からはがして、
その写真と引き換えに、対バンした時に取った写真が手渡された。

『こっから先のアルバムのページは俺との写真で埋め尽くしてやる。
なに、まだまだ人生は長いんだ。10何年か分の空白なんざ、すぐに埋めてやるさ』

覚悟しとけよ。
と笑いながらアルバムを閉じる東金に、も嬉しくなって笑った。













その時見ていたアルバムは、東金が言うように彼との思い出で埋め尽くされていった。
付き合ってからたった1年少しで、ほとんどのページが埋まるぐらい思い出ができて。

新しいアルバムをそろそろ買わなきゃと話していた所だった。

おそらくこの分厚いアルバムにも東金の言うとおり、
これから先二人の思い出がたくさん埋まっていくんだろう。
何年も何年もお互いを知らなかった時間以上の思い出が。

そう思うだけで、埋まっていない台紙をみるだけで嬉しくなって、
アルバムをそっと閉じ、そのまま元の場所に戻した。



















いつもの家路なのに、いつもとは違う不思議な感覚。

一歩、また一歩近づくたびに鼓動が早くなる。
足取りも早くなって、早く会いたいと焦る気持ちを抑えることができない。

そして、エレベーターから降りて、たどり着いたドアの前。
東金はバッグからデジタルカメラを取り出し、深呼吸して玄関のドアを開けた。

するとそこには彼女がたっていて、東金の存在に気づくと
振り返って「おかえりなさい」と、暖かい笑顔を見せる。

その瞬間を、すかさず手にもっていたカメラでおさめた。

カシャッ

一瞬のできごとに彼女は目を丸くさせて驚いてぽかんとしている。

「え・・え?!」
「ただいま」

驚いてその場で固まるを抱きしめる東金。
写真を撮られたことに対して、頬を膨らませて抗議する
そんな彼女のおでこに、東金は優しいキスを落とした。

「・・・なぁ、もう一回おかえりって言えよ」

そういってぎゅっと抱きしめる腕の力を強める彼に、
は小さなため息をついて、顔を緩ませた。

愛しい人に再度挨拶を。

「おかえりなさい」

その声を聴いて、また満足そうに微笑む彼の顔。
そして東金はもう一度、優しい声での耳元でささやいた。

「あぁ、ただいま」

















過去の君を知らないかわりに、
これからの君と、これからの僕の思い出を。











------------------------------------------

コルダ4の東金想われ√やりなおして当初回収できていなかった想われイベントの
写真イベントを見てその破壊力が半端なくて、思いつきで書いてしまったSS。
東金の想い√のエピローグもよかったけども、このイベントでノックダウンでした。

いちゃいちゃなアルバム話を書きたくて、取り留めのない文章ですいませんorz




topページへ戻る