だから、初恋なんだよこれでも






「ーーーで、ここがオケ部で使ってる部室です」
「おい、ここが本当にお前らの部室なのか?」
「はい!楽譜もいろいろアンサンブル用にアレンジしたものとかもあって面白いですよ」
「…いや、そうじゃなくて。こんな、物置みたいな場所がか?」

”物置みたいな場所”
確かに星奏学院のオケ部の部室は、ほかの施設である練習室や音楽室と違って古さは否めない。
本棚にはいつだれが使ったのかわからないような楽譜が置かれていたり、ドアの立てつけも悪く時折うまく閉まらなかったりする。

そんな古い部室の中を見回して驚いている様子の東金を見て、は苦笑した。

「神南に比べたらどこの部室も物置になっちゃいますよ」

昨年の文化祭、そして付き合い始めてから何度か神南の部室に遊びにいく機会があったが、ホテル並みに設備が整っていた。
東金自身が稼いだお金で改装していると聞いて、豪華な設備を前には目が点になったのを思い出す。

「っち、仕方ねぇな。俺の卒業記念についでにここの改装も頼むか…」
「そ、それは、結構です!」

あわてて断りながら、近くにあった椅子を引いて東金に座るよう促すと彼はゆっくりと腰をかける。
東金のことだ、やるといったらやるだろう。
どうにか話題を変えようとは口を開いた。

「今日は突然私の校舎を案内しろって言うからびっくりしました」

今日は前から約束をしていた横浜でデートをする日。
新横浜駅の改札を出てきた東金が開口一番”お前の学校を案内しろ”と言い出したのがきっかけだ。
理由を聞いても教えてはくれなくて、結局彼のお願いを聞くことになって今に至る。

椅子に座った東金はの腕を掴み、自分の膝の上に彼女を引き寄せた。
はそのまま東金の膝の上に座ることになり、後ろからすっぽりと抱きしめられるような体勢になる。
耳元に東金の吐息を感じ、顔がどんどん赤くなっていくのをばれないようには東金と同じ窓の外を見ていた。

「俺のいないところで、お前が毎日どんな生活をしているのか知りたかった」
「ちょっとはわかりましたか?」
「…あぁ、少しはな」
「それなら良かったです」

ぎゅっと抱きしめたまま耳を赤くして動かないを愛しく感じながら、東金は部室に来る前のことを思いだしていた。












***










『私の席はここです』

自分のクラスである2年生の教室に入ると、はいつも座っている席に座った。
続いて、その隣の席に東金も座る。

いつも通っている教室に、学校も学年も違う彼が隣にいることがうれしくてつい笑顔がこぼれてしまう。

『どうですか?』

幸せそうに顔を覗き込んでくるがあまりにも可愛くて、東金は反射的にその小さな唇を奪っていた。
すると嬉しそうな笑顔が、唇が離れると驚きの表情に変わり
さらには顔が赤くなって、それを隠すように机に顔を伏せてしまう。

その様子をみて思わず笑みがこぼれてしまった。

『おい、今さらそんなに照れるようなことか?キスぐらい、いつもしてるだろうが』
『…ここでするのは反則です』

絶対に座ることのできない場所から、彼女を見るだけで会えない時間を埋めるように心が満たされていく気がした。
しかし、それと同時に湧き上がる苛立ち。
それは彼女に対してでも、自分に対してでもない。
毎日ここから彼女をこの場所で見ている、名前も顔も知らない”誰か”に対する嫉妬だった。

『……ちっ』

面白くない。
自分がいつだって彼女の一番近くにいたい、と思う。



”ーーーー千秋は、ホンマに恋しとるんね”



ふと蓬生に言われた言葉が頭をよぎる。
付き合ってすぐに彼女を神南の部室に案内した時、と芹沢が仲良さそうに話しているのを見て苛立っていた時だ。

”うるせぇ。別に恋なんて初めてじゃあるまいし”
”そうなん?付き合うっちゅーのは初めてじゃなくても、そんな苛立ってんのは初めてやないの”

蓬生が面白そうに笑っていたのを思い出し、さらに腹が立った。
おそらく彼が今この場所にいたら、同じようにからかわれていただろう。





『…東金さん、どうしました?』

机に顔を伏せていた彼女が、俺が不機嫌そうな顔をしていたからか、心配そうに顔を覗き込んでくる。
そんな様子をみて、このどろどろとした感情をに気づかれないように無理やり笑った。

『…なんでもねぇ。よし、次はオケ部の部室に案内しろ』
『えっ、東金さん!ちょっと待ってくださいよ!』

椅子から立ち上がって廊下へ向かい始めると、も慌てて立ち上がり後ろをついてくる。
幸せなはずなのに焦りを感じた余裕のない顔を見られたくなくて、彼女の少し先を歩いた。

















***







「…練習室は設備が整ってても、だ。部室がこんなんじゃ夏のコンクールで2連覇を目指してんのか疑問を抱くぜ」
「え、どこもこんな感じじゃないですか…?確かにドアの立てつけが悪かったりしますけど、私はここの素朴な感じが好きですよ」
「素朴だと…?」
「…あ、そうだ!」

は何かを思いついたのか突然東金の腕から離れて、部室の奥にある本棚へ向かい何かを探し始めた。
しばらくするとお目当てのモノが見つかったのか、手に取った楽譜を近くの譜面台に置き窓を少し開ける。

外は快晴で部室からも青空が綺麗に見えるが、季節はまだ2月。
冷たい空気が部屋に流れ込み一瞬で冬の気配を感じた。

「おい、正気か?風邪ひくぞ」

俺は椅子から立ち上がって窓を閉めようとするが、その腕をに制止される。
彼女はすぐ近くに置いてあったヴァイオリンケースからヴァイオリンを取り出し、俺に向かってにこっと笑った。

「私はここで、こうやって演奏するのが好きなんです」

そういうと、そのままヴァイオリンを構えては演奏を始めた。

小さな部室に”無伴奏ヴァイオリン・パルティ―タ第3番ガヴォット”の伸び伸びとした綺麗な旋律が広がっていく。
窓の外から聞こえる小鳥のさえずりや風の音。
そして、時折きしむ床の音など、様々な音が彼女の演奏するヴァイオリンの音色にのせられて綺麗な情景を作り出している。

彼女がこの場所でヴァイオリンを演奏するのが好きだという気持ちがわかった気がした。
防音設備が整った場所や、音楽室のような広い部屋ではこんな音色は出せないのだろう。

彼女の音に魅了され、演奏が終わってもその場からしばらく動けずにいる俺の横で、
ヴァイオリンをおろした彼女は、どうだと言わんばかりに満足そうに俺に向かって微笑んでいた。

「どうですか?こんなちっちゃな古い部室でも、いいところあるんですよ」

夏のコンクールで魅了された花は、ジルベスタ―コンサートでもさらに強い輝きを放ち俺は恋に落ちた。
もしかしたら夏のコンクールで負けた時から、既に彼女に惹かれていたのかもしれない。
止めどなく溢れてくる感情に名前を付けることができなくて、俺は迷っていたのだろう。

愛おしくて、そして、苦しくて切ない。
彼女のことを知るたびに幸せになり、
会えない時間には彼女の隣に立っている知らない誰かに嫉妬する。

考えるよりも先に、俺は彼女の手を引いて抱きしめていた。
ヴァイオリンをしまい終わったは、突然引き寄せられたためバランスを崩し東金の胸の中にダイブする。

「…と、東金さん?」

不安そうに名前を呼ぶ彼女を片腕で抱きしめながら、開いていた窓に手を伸ばしてそっと閉めた。
外からの雑音が聞こえなくなり、小さな部室に二人の吐息だけが響く。

「お前の好きなものはわかった。…だが、ここで演奏するときは俺がいる時か、せめて窓を閉めて演奏しろ。
これ以上、コンサート以外で無暗にお前のファンを増やしたくない」

自分でも理不尽だと感じつつも、抑えきれない感情から先走った言葉を発してしまう。
スマートでない自分の態度に辟易しつつも、両腕でさらに彼女を力強く抱きしめた。
すると、腕の中にいた彼女の笑い声が聞こえてくる。

「…なんだ?」
「東金さんでも妬いてくれるんだなって思うと嬉しくて」

その言葉に俺は小さなため息をついた。

「俺はお前が思っているほど、余裕があるわけじゃないさ」
「そうなんですか?」
「…俺をなんだと思ってるんだ、お前は」
「だって、年始に2人で神戸へ旅行に行ったとき、東金さんは自分は”超合金の理性”を持ってるって言ってたじゃないですか。
だからあの時、きっと女性とこういうこと慣れてるんだろうなって思って不安になってたんです。
…私は、付き合うのも初めてだし、戸惑ってばかりで。嫉妬もいっぱいするし、遠距離で不安にもなるし…」

彼女から初めて聞かされる気持ちに俺はふっと笑った。
そんな素振りをあまり見せなかった彼女も、自分と同じような気持ちを抱いてくれていたことに安心する。

可愛い、とか。
きれい、だとか。
一緒にいる時が幸せで、いない時が不安だとか。
他の誰かに見せる笑顔に嫉妬することとか。

恋を知っていたつもりになって、俺はおそらく知らなかった。
生まれてから初めて抱くこの複雑で愛おしい感情を恋というのなら、俺は今初めて”恋”をしているのだろう。

感情が名前と紐付くと、自然に俺の胸にすっと落ちてくる。
その幸せをかみしめるように、抱きしめていた腕に力をこめた。

「…東金さん、1つ質問してもいいですか」
「ん、なんだ?」

腕の中から見上げてくる彼女の顔は真剣で、どんな質問がくるのだろうと身構えていると
”…東金さんの初恋っていつですか?”なんて可愛い質問をするから。

俺はぷっと吹き出して笑ってしまう。

「わ、笑わないで下さい!だって、好きな人のこともっと知りたいなって思ったから…」
「あぁ、わかってる」

愛しい彼女からの質問には嘘はつきたくない。
だからといって、そのまま”初めて”と答えるのも何か癪だと思い、咄嗟に彼女の顎を掴みぐいとひいてから唇を奪った。
一度離れても、またすぐにキスを落とし、何度も何度も深いキスをする。

「はぁ…っ」

唇が離れると、彼女の口から甘い吐息がもれた。
顔が真っ赤になって潤んだ目をした彼女を抱きしめる。

愛しくて、切なくて、幸せで、苦しい。
こんな感情も彼女に対して抱くのなら悪くない。

「…だから、初恋なんだよこれでも」
「!?」

照れくさそうにいう俺の胸の中で、彼女が幸せそうに笑ったから俺もつられて笑った。






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お題配布元「確かに恋だった」さまから、タイトルをお借りしました。
リハビリ第一弾で東金さん。
もっと余裕のあるスマートな彼を書きたかったんですが、こんなのもいいかななんて書いてしまいました。

長らく更新ストップしてすいません!
年末年始からずっと仕事が忙しかったのですが、やっと落ち着いてきたので書き始めました。
もっと早めにはじめたかったのですが、中途半端にやると辛くなって逃げそうだったので
ちょっと時間をいただいてしまいました。
これからはちょこちょこ更新していきたいと思います。
コメントをいただきありがとうございます^^
これからもコルダ3,4の小説を増やせるようゆっくりと更新していきます。(2017/2/24)








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