センチメンタルドリーマー






朝起きたら隣に君がいて
おはようって優しく声をかけて

そんな叶わない夢をいつも思い描いていたんだ

























「おい、蓬生。今日の夕方にやるデュアルエンジンのミーティングはお前の家でやるぞ」

土岐が次の講義がある教室に向かっている時だった。
突然東金が目の前から近づいてきて声をかけてきたかと思うと、第一声がこれだ。

大学に入学してから、土岐は1人暮らしを始め約1年が経とうとしていたが、
デュアルエンジンのミーティングなどは決まって外で集まっていたため、東金自身は彼の家には引っ越し以来訪れていない。

そんな今までにない提案に驚きを隠せないまま、目を丸くしていると
東金は”ダメな理由なんてどこにある?”と言わんばかりの顔をしていて、土岐は苦笑しながら小さなため息をついた。

「なんや、えらい突然やなぁ…まぁ、別にかまへんよ」
「よし、決まりだな」

土岐の返事をきいて、満足気に笑った東金はすぐさま携帯を取り出して電話をかける。

「…もしもし、芹沢か?今日のミーティングの場所は変更して蓬生の家に集合だ」

電話の向こうの芹沢の怪訝そうな顔が容易に想像できるものの、
先程と同様、目の前の男は動じずに笑った。

「ーーーなんでかって?卒業祝いに決まってるだろ」
「「…は?」」

おそらく電話の向こうにいる芹沢と同じタイミングで声が出たのだろう。
千秋は電話をかけながら、俺の顔をみて不敵な笑みを浮かべていた。

「というわけで、遅れるなよ?」

反論や質問など一切受け付けないと言わんばかりの彼の言葉。
そのまますぐに通話を終了させた千秋は満足そうに携帯をポケットにしまった。

”卒業祝い”

確かに今日神南高校で卒業式は行われている。
可愛い後輩たちの晴れ舞台を祝ってやるか、と卒業式の当日校長が式辞を述べた後マイクを奪い取って
デュアルエンジンのゲリラライブを行おうと企画していたが
芹沢が鬼のような形相でそれだけはやめてくださいと、珍しく反抗してきたものだから大人しくしていた。

が、まさかこんな形で卒業祝いをすることになるとは。

(まぁ、千秋がやるって言うとるんなら、何を言うてもやるんやろうなぁ…)

内心は少しめんどくさい、なんて思いつつも目の前の男は嬉しそうに鼻歌を歌うものだから
土岐は諦めた表情で次の講義がある教室に向かったのだった。















****





























全ての大学の講義が終わると、一足先に土岐は自宅のマンションへと戻った。
1人で暮らすには少し広めの1LDKの部屋を掃除していると、
あっという間に約束の時間になり東金と芹沢が尋ねてくる。

2人を家に迎え入れると、ほぼ同時のタイミングで東金が既に注文していたであろう
いかにも高級そうなデリバリーフードが配達されてきたので、それらをリビングのローテーブルに綺麗に並べた。

宴の準備が整い3人がローテーブルの周りに座った丁度その時だった。

ーーーーピンポーン

「なんや、タイミング悪いなぁ…」

突然のドアベルに呼び出され土岐はため息をついて立ち上がる。
インターフォンを通じて”宅配便”とわかると、玄関のドアをゆっくりと開けた。

「「失礼しまーす!ヤマテ運輸です、お荷物をお届けに参りました!」」

大柄な男2人が元気よく挨拶をしながら家の中に入ってくる。

「それでは、先に家具の引き取りをしてしまいますね」

そういってリビングにあったソファを手際よく持ち去っていき、
今度はすぐに戻ってきたと思ったら、今までよりも少し大きめのソファを抱えながら丁寧にリビングに配置した。

「あ、どなたか印鑑かサインをお願いしまーす」

土岐は目の前で何が行われているのか理解ができないまま茫然と立ち尽くしていると、
東金が代わりに紙切れを持った運送業者に近づいてサインをする。
サインをもらった男は一礼してそのまま家を後にした。

ーーーバタンッ

玄関の扉が勢いよく閉まると先程とは打って変わって静まり返る室内。
嵐の後の静けさ、とはこのことを言うのだろう。
その沈黙を破るように、土岐はリビングに置かれた新しいソファの上に満足げに座っている東金に声をかけた。

「…なぁ、千秋。このソファはどういうことなん?俺ソファなんて頼んだ覚え一つもないねんけど」
「ん?これか。…これは”卒業祝い”だ」

その言葉にすかさず反応したのは芹沢だった。
眉間にしわを寄せ、怪訝そうな顔をしながら東金を見つめている。

不機嫌そうな顔をするのも無理はない。
そのキーワードからこの大きなプレゼントの宛先が芹沢の可能性があるからだ。

「まさかとは思いますが、このソファを俺にとか言わないですよね?いくらなんでも、こんな大きいモノ持って帰れませんよ」

(いや、まさか。そんなことあるはずはない。でも、この人なら…。)

何度もそう心の中で思ったのだろう。
みるみる眉間の皺が濃くなっていく芹沢の横で東金は笑いながら言った。

「はっ、当たり前だろう。ソファを持って帰らせる奴がどこにいる」
「…ですよね。安心しました」

芹沢は安堵のため息をもらす。
が、それも束の間、その幸せも長くは続かなかった。

「お前の”卒業祝い”は、デュアルエンジンのライブで使える電子ピアノ送っといたぜ」
「は?」
「ふっ、薔薇の彫刻が掘られた特注だからな、明日には届くぜ。楽しみにしとけよ」
「………」

”電子ピアノは既に持っているから、これ以上必要ないのに…”と、言わんばかりの不満げな表情をした芹沢。
しかし、そう心の中で思ってはいたものの、言葉には出さず代わりに大きなため息をついた。
彼が”送っといた”と言っているということは、既に事後報告なわけで芹沢の力ではどうすることもできないことを知っているからである。

(…まぁ、可愛い後輩のためっちゅーことなんやろうけど、相変わらずやることのスケールがでかいわ…)

土岐は芹沢に同情しつつも、まだ目の前にあるソファの件が解決していないことに不安を抱いていた。
そんな不安を知ってか知らずか、東金は何か企んでいるような表情で、小さく笑うとテーブルに置いてあったコップを持ち上げる。

「まぁ、とにかく先に芹沢を祝うぞ。そのために集まったんだからな」

現時点でこれ以上は、何も言う気がないのだろう。
土岐は芹沢と目を合わせると、やれやれといった表情でコップを持ち上げて彼の合図と共に乾杯をしたのだった。























***



















芹沢の卒業祝いといいながらも、過去のライブ映像を見たり、
次に行うデュアルエンジンのライブの話をしたりと、いつも通りの賑やかな時間はあっという間に過ぎていく。
時間も遅くなってきたため、きりのいいところで東金と芹沢は家路についた。

2人が帰ると先程とは打って変わって静まり返る家。
そんな中後片付けをてきぱきと済ませて、寝る支度をした土岐は小さなため息をつきながら部屋の外のベランダに向かった。

春の始まりだからか、未だ冬の名残を残した肌寒い空気が体を包み込む。
ベランダの手すりに寄り掛かると、ポケットから携帯を取り出して画面を開いた。 

”無事に卒業しました!”

横浜にいる彼女から、メッセージと共に送られてきたのは卒業式後に撮った写真。
校門の前で彼女の幼馴染や友人たちと笑顔で写るその姿に嬉しくなる一方で、胸が締め付けられるような寂しさを感じてしまう。

「…はよ会いたいわ」

そう声に出しながら、携帯の画面に映る彼女をじっと見つめた。

彼女とは毎日電話もしているし、メールもしている。
少なくとも毎週末には会うこともできているのに、胸に空いた穴は埋まることはなかった。
明日も横浜で会う約束をしているというのに、胸が苦しい。

『休みが終わったってしょっちゅう会えるなんて嘘や。毎日毎日会えんかったらきっと俺、寂しくてたまらんくなるに決まっとう』

2人が付き合う前のこと。 彼女がリーダーを務める合奏団でジルベスタ―コンサート直前に行った横浜のコンサートの帰り道、彼女とふらふらと歩いていた時にふと本音を漏らしてしまったときのことが頭に浮かんだ。

『私も土岐さんと一緒で辛いです』

そういって切なそうに笑う君を見て、それ以上何も言えなかった。
この苦しさは付き合う前から覚悟していたものなのに、
彼女を知れば知るほど彼女に溺れ、その痛みは日に日に増していく。

”関西の大学受けて、一緒にこの家に住まへん?”

彼女が特別になった日から抱き続けてきた我侭な願いは、
未だに口にすることができず胸にしまったままだった。

彼女が通う星奏学院の音楽科はレベルが高く、コンクールに向けたヴァイオリンの練習が日々あってとても受験どころではない。
そんな大変なカリキュラムでさえもヴァイオリニストになる夢のため、直向に笑顔で頑張っている彼女を知っているからこそ伝えることはできなかった。

「…なぁ、ちゃん」

小さな声で届くことのない愛しい人の名前を呼んだ。

「もう引き返せへんとこまで、あんたに溺れてしもうて…あんたに会えない日は淋しくて死んでしまいそうや」

一人たたずむベランダで、空を仰いだ。
雲一つない夜空の中、満月がにっこりとほほ笑んだような気がして、余計に胸が苦しくなる。
満月は温かな光を放ちながら、幻想的できらきらとしていて、まるで彼女のようで。
ただ見上げることしかできない自分が酷くちっぽけで切なくなった。



















***





















ーーーーーチュンッチュンッ

窓の外から小鳥のさえずりが聞こえてくる。
カーテンの隙間から光が差し込み、眩しさのあまりゆっくりと目を開いた。

「ん…っ」

彼女に会いに行くためにも、そろそろ起きなければいけないと思いながらも
温かい布団の中でしばらくまどろんでいると突然リビングの方から大きな音が聞こえてくる。

ーーーードスッ、ドカッ、ドスッ!!!

「…なっ!?」

足音と、床に何かを置いたような音が響く。
そして誰かの話し声も聞こえ、慌ててベッドから飛び上がり近くに置いてあった眼鏡を取って、リビングへとつながるドアを開いた。
すると、そこには予想外の人物が立っていたのだった。

「おぉ、蓬生。やっと起きたか」

何食わぬ顔でリビングの真ん中に立っていたのは、昨夜帰ったはずの千秋だった。
そして、彼の隣には積み上げられた段ボールがあり、それらはリビングの中央を占拠している。
ソファの件と段ボールといい、状況を整理するどころかさらに混乱してきた土岐は今度こそ問いただそうと口を開いた時だ。

「…あ、あの!」

ぴょこっと段ボールの後ろから顔を出したのは横浜にいるはずの最愛の彼女だった。

「………」

自分は夢でも見ているのだろうか。

なぜか、目の前にずっと会いたかった彼女がいる。
言葉を出せずに唖然と立ち尽くしていると、東金は大きく笑った。

「はっ、サプライズは成功だな。
「と、東金さん。サプライズどころか、蓬生さんが固まってますっ…!!」

目が点になって何も反応ができずにいる土岐の様子をみて、焦っている
東金はそんな彼女の両肩を掴んで、無理やり土岐の目の前に突き出した。
すると一気に距離が縮まる2人。

「…朝からうるさくしてごめんなさい、その…これはっ…」

どこから説明したらいいのか、悩んでいるの後ろから助け船をだしたのは東金だった。

「なんだ、蓬生。嬉しくないのか?今日からこいつはお前と一緒にここに住むんだぜ」
「ここに住む…って、ちゃん、大学は…」
「はっ、なんだそんなことか」

”お前から言え”と言わんばかりに、東金はの背中を押して2人の距離をさらに近づけさせた。
その状況に意を決しては口を開く。

「実は、関西でヴァイオリンを学べる大学を密かに受験してて合格したんです。それで、受かったらサプライズで蓬生さんを驚かしたいなと思ったら
東金さんがちょうど協力してくれることになって」

東金はを関西に連れ去る計画を諦めていたわけではなかった。
彼女のヴァイオリンを関西でもっと磨かせ、デュアルエンジンライブで一緒に演奏したい。
その思いから、彼女が3年に上がる直前に関西でヴァイオリンがしっかりと学べる大学の資料を送っていたという。

「さすがに蓬生は小日向のことを好きすぎて、関西に来いって強く言えなかったみたいだからな。俺がひと肌ぬいでやったわけだ」

東金はふっと満足げな表情を浮かべる。

「それにこいつが大学に合格した後、この家の周辺の物件を探してたみたいだったが、家賃が高すぎて途方にくれてたところ
同棲計画を思いついた。まぁ、こいつの身がこの家の中で安全かは置いておいて、これが一番ベストだろ?」

笑う千秋とは対照的に、心配そうに彼女は俺を見つめていた。

「千秋、このソファは…」
「あぁ、もちろんへの”卒業祝い”だ」

その言葉で全てが繋がると嬉しさが込み上げてきて、いつのまにか胸に空いた穴は消え去っていた。
幸せすぎて緩んでしまう顔を、見られないように片手で覆って隠す。

「…ほんまにやられたわ」

そういいながらも笑みがこぼれる様子をみた彼女はつられて嬉しそうに笑うから、少し悔しくなって目の前の愛らしい唇を奪った。

「〜〜〜〜〜っ!!」

東金の目の前でまさかキスをされるとは思っていなかったようで、彼女は顔を真っ赤にさせて両手で顔を抑える。
の後ろでは、そんな二人の様子を見ていた東金がやれやれと苦笑しながら大きなため息をついた。
そんな親友のため息すらも気にならないほど、幸せに満ち足りていた俺は大きく笑う。

「今の今まで千秋だけ知っとったのは、悔しいからお返しや」






何度もこの部屋で一人、見ていた夢を思い出す。

何気ない朝、おはようと優しい笑顔で迎える君におはようと返して
今日は帰りが遅くなるから、と言うから
夜ご飯は準備しておくよと返すと嬉しそうに笑う君

夜帰ってきた玄関のドアの前で鍵を探している君よりも先に
ドアを開けるとはにかんだ笑顔で笑うから

いつも見るその夢の一番最後には決まって俺はこういうんだ。






ちゃん、おかえり」






いつもは、そこで夢から覚めて1人になってしまうけど今日からは違う。

「ただいま、蓬生さん」

は顔を赤くしたまま、嬉しそうな土岐につられて微笑んだ。

まるで夢を見ているようで、現実かどうかを確認するように、土岐は彼女を思いきり抱きしめる。
そしてそのぬくもりが嘘ではないことがわかると、今まで誰にも見せたことがないくらい幸せそうに笑った。















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リハビリ第2弾は土岐さんです。
やっと、小説の書き方思い出してきました^^;
一周年に間に合わせようと思ったのに!結構長くなってしまって間に合いませんでした。トホホ…^^;

東金さんのコルダ4その後ばなしを妄想して書いた『過去の君を知らないかわりに』。
そして、土岐さんのその後ばなしを書きたいと思ってたのでかけました。
私の中では神南ズは神戸をずっと拠点とする(3,4やAnotherからの話をみて)んだろうなーと思って、
主人公が神戸にくるという選択肢が私の中ではしっくりきているのでこんな内容に。

主人公の登場が最後だけってどうよって感じですがお許しください。
これからものんびりなサイトですがどうぞよろしくお願いします^^(2017/3/15)



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