月を喰らう太陽






彼女はまるで太陽のようだった

誰にでも分け隔てなく優しくて
何に対してもまっすぐで、一生懸命

そんな彼女を太陽としたら俺は月
彼女の温かい光に照らされれば、暗い世界でもキラキラと輝いていられた


その眩い光に恋い焦がれれば、後で傷つくのは目に見えていたから

時折離れては、少し近づいて、そしてまた離れる
そうやってある程度の距離を保ったまま彼女と接してきた

これからも、そうするはずだったのに




































「土岐さん、ここにいたんですか」

菩提樹寮の庭の長椅子に横になっていた土岐に、声をかけて近づいてきたのはだった。

頭の中で彼女のヴァイオリンの音色が鳴りやまなくて1人庭でぼんやりしていたのだが、
まさか本人がくるとは思わず驚いて俺は目を丸くさせる。

ちゃん。こんな時間にどないしたん?」

日は既に沈み、夕食時を過ぎて就寝する時間が近づいていたからか菩提樹寮は静まり返っていた。

「…土岐さんこそ、こんな時間に庭にいて寒くないですか?」

寒空の下ベンチに横になっている土岐を心配そうに見つめる
そんな彼女に、土岐は手招きをした。

「?」
「寒すぎて死にそうやから、温めて?」
「えっ!?」

こっちこっちとを誘導し、おそるおそる近づいてきた彼女の手を優しく取った。
そしてそのまま長椅子に座らせて、土岐はの太ももに頭をのせて横になる。

膝枕の体勢になるとの顔は赤くなった。
相変わらずスキだらけの彼女に土岐は苦笑する。

「で、俺を探してたみたいやけど、なんかあったん?…愛の告白ならいつでもウェルカムやけど」
「またまた、その手には乗りませんよ」

土岐の言葉に対してさらりと返答する
微塵も意識されていないことにずきっと胸が痛んだ。

「実は、次のコンサートの曲で土岐さんに少しアドバイスをもらいたくて」

ついこの間が道端で大きなため息をついたので、
どうかしたのかと声をかけたら、その時は弓の使い方で悩んでいた。
今回は次に演奏するアンサンブルの曲に対して悩んでいるようだ。

相変わらず真面目なに土岐はぷっと吹き出してしまう。
『ヴァイオリン馬鹿』とは彼女のことを言うのだろう。
そんな彼女らしいところが、とても愛おしいと思った。

「え、私何か変なこといいました?」
「いーや、相変わらずちゃんは真面目やなぁと思って」
「…だって、土岐さんがやっと合奏団に本気になってくれたので、嬉しくていてもたってもいられないんです」

合奏団に加入してから、ついこの間までは適当にヴィオラを弾いてアンサンブルで合わしていた。
それは彼女の演奏に感情が乗っておらず、そつなくこなす演奏にただ合わせていたから。
しかし、彼女は練習を重ねて自分らしい感情の入った演奏をするようになり、そこから俺も本気で演奏するようになった。

「でも、厳しいこともいっぱい言うとるし…、よく笑ってられるなぁって感心するけど」

本気を出した分、相手に求めるレベルは高くなる。
彼女に要求するものは大きくなって、指摘したり、意見がぶつかることもある。
それでも彼女はどんな時も、笑顔で嬉しそうに俺の言葉に耳を傾けて演奏する。

真っ直ぐに、とても楽しそうに。

「確かに大変ですけど、土岐さんともっといい演奏がしたいって思えるから、楽しいですよ」

『土岐さんと』

そこに深い意味はないのに、彼女の口から自分の名前が出るだけで鼓動は速くなる。

これ以上近づけば苦しくなるのは間違いない。
だから距離を保たないといけないのに。

膝枕をしてもらっている土岐は横になったまま空を仰ぐ。
目の前には彼女の顔があり、そこから目が離せなくてじっと見つめた。
下からの視線に気づいたのか、は土岐の方をみて笑った。

「…土岐さんも一緒に楽しいって思ってくれれば、私も嬉しいです」

その笑顔が夜空に瞬く星の中でひときわ輝いていて、
俺は高鳴る鼓動を抑えきれず、無意識に彼女の髪に手を伸ばした。

「…土岐さん?」

突然髪を触れられたは、目を丸くさせた。

「ほんま、ちゃんは悪い子やね」
「え?」
「…そんなに隙見せたらあかんって、この前いうたやろ?」

隙を見せられれば、付け入りたくなる。
もっと近づいて引き寄せたくなる。

もし、彼女が俺のことを少しでも思ってくれていたら、
この二人の距離なんていとも簡単に取っ払ってしまうのに。



ーーーーなぁ、あんたは俺のことどう思っとるの?


言葉にできない思いを飲み込んで、土岐はふっと切なそうに微笑みながら
ゆっくりと彼女の髪に触れていた手を戻した。

「ほんまに気がある人にしか隙は見せたらあかんよ」

土岐は視線をそらすように、横を向いてゆっくりと目を閉じた。
静かな2人だけの時間が流れる。

「土岐さん」

沈黙を破ったのはの方からで、陽だまりのような優しい声で土岐の名前を呼ぶ。
土岐はの方へ再度顔を向けると、彼女と目が合った。
そして一瞬目が合うも、はすぐにそのまま空を仰いで視線を外す。

「…月が綺麗ですね」
「…っ!」

その言葉に不意を突かれて、胸の鼓動が高鳴っていく。
彼女はその言葉が、愛の告白にもなることを知っているのだろうか。

月明りに照らされた彼女の顔が空に瞬く星のようにキラキラ輝いて、
土岐の脈はさらに速くなった。

例えそのフレーズが、望んでいるような愛の告白の意味を持たなくても、返事は一つしか思い浮かばない。

彼女のヴァイオリンの音色に囚われて。
そして、彼女の全てに囚われて。
鼓動が自分のものではないかのように、激しく高鳴っていく。

(この先も、二人の距離をうまく保っていけると思っとったんやけど…あかん。そんなこと初めから無理やったんや)

小さなため息をついて微笑んだ土岐は手を伸ばし、彼女の頬にそっと触れた。

「…死んでもええよ」

は頬を少し赤くして嬉しそうに笑った。

その様子にもしかして、なんて淡い期待を抱きつつも
迷わずに返事を返した時点で、彼女が自分を好きかどうかなんて気にする余裕もないことに気づく。

自分が保つべき距離など無くて、既に彼女に飲み込まれていたのだと、
土岐は観念したのか、少しでも二人の時間が長く続くようにと祈るように目を閉じた。












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土岐→→←主人公の、思われイベントが全て終了して、且つジルベスタ―前のお話。
最後の「月が綺麗ですね」(夏目漱石のお話)の土岐と主人公のやりとりを書きたくて、
長編を投げ出して短編に逃げてきました...orz

やっぱり、こういう文学的なネタは土岐は合いますよね。
だからなのか、毎回なんかこうシリアス路線にいってしまうんですよね。
もっとほのぼのなギャグ路線も書きたい、といつも思ってるんですが、シリアスにいってしまうという…汗
そのうちそういったのも増やしていけたらなと思ってます。 気長にお待ちくださいませ^^;(2016/7/22)



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