約束しよう





「おい、 蓬生。聞いてるのか?」
「ん?あぁ、千秋。どうしたん?」
「…たくっ」

ジルベスタ―コンサートが終わって、短い冬休みも終わり
土岐が神戸に戻ってきてからというもの、このような上の空の状態が続いている。

そのせいで次のライブの話もなかなか進まずに、東金は大きなため息をついた。
土岐はそんな東金の苦労を知らず、頬杖をついて物憂げな表情で遠くの空を見つめていた。
何が原因かは一目瞭然で、東金は眉間にしわを寄せる。

「…そんなに会いたいなら、この打ち合わせが終わったらさっさと地味子に会いに行けばいいだろうが」
「今日はちゃんオケ部の用事あるんやって」

そういって土岐は小さなため息をついて、また遠くを見つめた。
その様子を見て、デュアルエンジンの未来が危ういと感じた東金は携帯を手に立ち上がる。

「打ち合わせはこれで終わるん?」
「いや、少し席を外すだけだ」

そういって東金はカフェの外に出て、とある人物に電話をかけた。






























「…あー、千秋はほんま人使い荒いわ」

土岐は大きなため息をつきながら東金に言われた神戸港の傍にあるライブ会場に足を運んでいた。

いつもであれば、芹沢が会場の下見などを行ってくれるのだが、
管弦楽部の部長としてどうしても外せない用事があり、今日は代わりに自分が行うことになった。

会場の広さ、控室の有無など、チェックリストを元に会場の下見を行い全て終わらせて外にでた。
神戸港から見える夜景が目に入ると、合奏団のジルベスター前に行った神戸でのコンサートを思い出す。





コンサートの後、ちゃんを駅まで送っていく帰りに立ち寄ったこの場所。
まだ彼女の気持ちがわからないまま、付き合ってもいなかったあの頃は、
彼女と会えなくなる恐怖に押しつぶされそうになっていた。
合奏団という関係が二人の間を繋いでいるだけで、ジルベスターが終われば会う理由すらなくて。

『なぁ、お願い。約束して』

震える声を隠すように、彼女の体を抱きしめる腕に力を込めた。

『ジルベスターの後、また神戸にくるって。コンサートのためでも、なんでもええ。必ずもう一度俺んとこへ帰ってくるって』
『約束します』

ずっとそばにいたい。
だから2人を繋ぎとめる約束が欲しくて。

『そんなら、指切りしよ』

抱きしめていた彼女の体から少し離れて、小指を差し出すと、
彼女はその指に小指を絡めて優しく微笑んだ。

『ありがとう。これで今夜の淋しさもまぎれるわ』




















「あかん、ほんましんどいわ。…はよ帰ろ」

2人で歩いたこの道に1人でいるだけで、会えない切なさが体を蝕んでいく。

あの指切りで約束をした日はまだ付き合ってなくて、約束すら一方通行で曖昧なものだったのに
その約束だけで少し強くなれる気がした。

今は恋人同士で、次に会うことはあの日よりもたやすいことだ。
それなのに、離れていることがこんなにも不安で辛いとは思わなかった。

土岐はその辛さから、早く逃れようと神戸港の夜景に背を向けて歩き出そうとした時だった。

遠くの方から自分の方へ向かって走ってくる1人の女性が見える。
その存在に気づくと、考えるよりも先に迷わず足が動き出していた。

「土岐さんっ!!!」

が飛び込んできたのを体全体で受け止めると彼女はすっぽりと腕の中に納まった。

「…ちゃん」

かなり走ってきたのだろう、肩で息をしている彼女は汗をかいていた。

突然現れた彼女に、状況をうまく呑み込めていない土岐は
とりあえず夢かどうか確かめるように抱きしめる腕に力を込めた。

「あかん。夢みてるんやろか」
「…夢じゃないですよ」

そういって、胸の中で俺を見上げて微笑む彼女があまりにも可愛くて。

思わず土岐はの両頬を両手で包み込んで、唇に優しいキスを落とした。
唇が離れると目の前の彼女は顔を真っ赤にさせていて、土岐は思わず笑ってしまう。

「ほんまや。夢やない」
「も、もう…っ!突然は反則です!」

顔を赤くさせたままは頬を膨らませて怒った素振りを見せるも
にこにこ微笑む土岐に小さなため息をついた。

「…ところで土岐さん、どこか体調悪いところないですか??」
「え?」
「東金さんから電話があって、土岐さんが病気だから早く来い!って…もうびっくりして、
慌てて響也に全部用事を頼んで新幹線に乗ってきちゃいました…」

そういえば、昼間にライブの打ち合わせをしていた時に、
千秋が突然席を外してカフェの外で電話をしていたのを思い出した。

『病気』

あながち間違っていない表現に土岐は少し吹き出して笑った。

(まぁ、恋の病で間違ってへんけど…)

その病気を一瞬で治す薬が何かをわかっている東金に、思わず脱帽してしまう。

「…ほんま千秋にはかなわへん」
「…へ?」
「いーや、こっちの話」

土岐は彼女の頬に両手で触れたまま彼女を見つめる。
こうやって彼女に触れているだけで、さっきまでの胸の痛みが嘘のように消えていき、代わりに幸せが溢れ出してくる。

ちゃんの顔みたら、元気になったわ」
「…ほんとですか?ムリしてないですか??」

心配そうに見上げる視線。
そんな優しい彼女があまりにも愛しくて、思わずまた額にキスを落とした。

「!?」

額から唇の温もりが離れると、の顔はさらに真っ赤になった。
ころころ変わる彼女の表情に土岐はふっと微笑んだ。

(…逢うたその日の心になって、逢わぬその日も暮らしたい)

ふと、有名な都々逸が思い浮かぶ。
二人が側にいる時のこの幸せな心のまま、逢えない日も過ごせたらいいのに。

この思いが強ければ強いほど、離れればその分の不安が募って。
そんな願いはおそらく叶わないのだろうけれど。

ーーーーぎゅっ

急に土岐の背中に回されていた彼女の腕に力がはいる。

「どうしたん?」

不思議に思って、土岐はの頭を優しくなでる。
彼女は顔を土岐の胸に押し当てたまま口を開いた。

「…私も土岐さんに会えて、元気出ました。…土岐さんにしばらく会えなくて、すごく寂しくて…辛かったから」
「…っ」

今までは彼女に対する気持ちがあまりにも大きすぎて、彼女からの気持ちが見えなくて不安でいっぱいだった。
しかし、も自分と同じように離れている間に寂しいと思ってくれていたのだと思うと
不思議と今まで抱いていた遠距離に対する恐怖が薄れていく。

「ほんま、敵わんなぁ…」

あっという間に俺の胸の中にある不安を取り除く彼女の言葉。

何度も何度もこうやって彼女に恋に落ちて。
どんどん好きになっていく。
そんな彼女への気持ちで体が浸食される。

「土岐さん?」
「ほな、次はちゃんの番や。その寂しさ埋めたげな」

そういってから体を放すと、彼女の頭を優しくなでて微笑む土岐。
その頭をなでる優しくて大きな手に、は幸せそうに笑った。

「それじゃ、土岐さん、指切りしてくれませんか?」

は小指を土岐の目の前にだした。
土岐はその小指に自身の小指を絡ませる。

「これからもずっと、寂しくなったらこうやって今みたいに頭撫でてください」

『これからもずっと』

不意打ちの言葉に心臓がバクバクと音を立て、土岐は赤面してしまう。
に緩んだ顔がばれないように顔を横に向けて、大きな咳払いをした。

「…ほんま、あんたはどこまで俺を惚れさせるつもりなん?」
「え?」

もし淋しくなったら。
こうやって2人で何度も寄り添いあえばいい。

『これからもずっと』

その言葉が何よりも力になって。

ちゃんが寂しいゆうたら、いつでも飛んでって頭撫でたるよ」
「ありがとうございます」

嬉しそうに微笑む彼女にもう一度。

「…これからもずっと一緒におろうな」
「はい、もちろんです!」

そう、約束をしよう。
















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久しぶりに土岐さん書きました。関西弁おかしかったらごめんなさい。

副部長イベントが好きすぎて、土岐SS書きたいと思ってたんですけど
土岐×主人公はどうしてもこうシリアス甘みたいな感じになっちゃいますね。
もう少し明るめなお話書きたいなぁ…。
いつかは副部長ズで争奪戦ネタ書きたいなと思ってるんですけど、どうなることやら。
これからも、こんな管理人ですが気ままにおつきあいいただければ幸いです。
(6/3/2016)



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