溺れていく




きらきら輝く光に手を伸ばしても
届かなくて

君の名前を大声で呼んでも
届かなくて

ただ 真っ暗な闇の中に一人










溺れていく












「はっ・・・」

薄暗い中、悪い夢のせいか息が苦しくなって目が覚めた。

まだあたりは暗く、月明りがカーテンの隙間から差し込んでいる。
ソファに寝ていたからか体が少し痛く、体をゆっくりと起こした。

あたりを見回して、リビングルームの隣にある寝室に目を向けると
ベッドの上で毛布にくるまり寝ている彼女を見つけて、胸をなでおろした。
そんな彼女に導かれるようにベッドの方へと向かう。

「すー・・・」

彼女はベッドで小さく丸まって可愛い寝息を立てている。
その存在が夢でないか確かめるように、起こさないようそっとその柔らかい髪の毛に触れた。




















夏の大会で初めて彼女に出会った。
その時の印象は可愛くて、素直な普通の女の子。

当初のヴァイオリンの演奏は少し上手だなというぐらいの印象だったが、
大会での演奏を重ねる度にどんどんきれいな音を奏でるようになって、
彼女の音はいつしか神南も天音も倒して、星奏を優勝に導く程にまで成長した。

―ーーあぁ、きれいな音色やわ

決勝戦での彼女の奏でるヴァイオリンの音色は温かく澄んでいて、
いつまでもずっと聞いていたくなるような音色で。
客席からも多くの感嘆の声が上がっていた。

彼女自身も宝石のようにキラキラと輝いていて、
客席からただその姿を見ている俺は、手を伸ばそうにも伸ばす術を知らなくて。

彼女と出会ってからすぐに終わってしまった夏。


もし、もっと前に出会っていたら。
もし、もっと彼女と共にする時間を重ねていたら。


おそらく恋に落ちていただろう。

夏の大会後、神戸に戻る時は切ない気持ちもあったが
心のどこかで安心している自分がいた。

安心したのも束の間、秋に入って彼女と再会すると当時の気持ちをすぐに思い出す羽目になる。

合奏団に誘われて一緒に演奏することになり、
彼女と音を重ねたり、会う時間を増やすたびに彼女に心惹かれて、
恋に落ちるのにそうは時間はかからなかった。

およそ3か月ほどの時間を重ねると思いは募り、ジルベスタ―コンサートの後に告白。
そして、付き合うことになった。

楽しい日々は重なって、終わりを告げる。
2人一緒に過ごした短い冬休みが終わり、遠距離恋愛が始まった。











そこからだった。
毎晩悪夢にうなされるようになったのは。

真っ暗な海の中へ溺れていく夢。
真上にある光に手を伸ばしても、手は届かない。
声を出しても、声すら届かなくて。

始まりが来れば、当たり前のようにいつか終わりが来る。
始まりは終わりの始まり。

楽しくなってきた合奏団も、
一緒に過ごした冬休みも全て終わった。

そして、いつかこの恋も終わると思うと怖くなって。

好きなればなるほど、終わりに近づいているようなそんな不安を
いつも感じていたからかもしれない。




















「・・・ほんま、責任とってな」

少し震える声が自分の弱さを表しているようで、なおさら胸が苦しくなる。

「・・・ん・・」

その声が届いたのか、はゆっくりと目を開けた。
目を開けると、いつの間にか目の前に土岐がいて、それだけでの胸はとくんっと熱くなった。
彼はベッドの縁に座っての髪を優しく撫でて、じっと上から見つめている。

にはそんな土岐が、泣きそうな顔をしているように見えた。

「・・・・土岐さ・・ん?」

まだ少しぼんやりとした意識の中は手を伸ばした。
土岐はその手に驚くも、すぐに伸ばされた手を優しくつかんだ。

「・・・眠れないんですか?」
「少しだけ、あんたの寝顔が見たくなったんよ」

そういって切ない顔を隠すように、優しく微笑む土岐。

―ーー土岐さん、泣きそう・・?

にはその表情の意味が理解できるような気がした。

明日にはまたは横浜に戻り、遠距離恋愛にもどる。
次に会えるのは早くて1週間後。
短いようで、長い時間。
「会いたい」と口に出してもすぐに手を伸ばせる距離ではなくて。

ーーーーあぁ、土岐さんも寂しいって思ってくれてるんだ

彼の表情からそう感じ取ると、は自分の寂しさ以上に、彼を愛しく想った。

何かできないかな。
ぼーっとする頭で考えて必死に言葉を紡ぐ。

「土岐さん、またすぐに会いに来ますから」

は微笑んで、もう片方の手で土岐の冷たくなった頬に触れた。
その暖かい指先に土岐は涙が溢れそうになる。

「・・・あんたは全部お見通しなんやね」

弱った顔を見られたくなくて、の体に覆いかぶさるようにして、首筋に顔をうずめた。

「最近よく怖い夢を見るんよ」

そう前置きをしてから、夢の話をする。

「あんたはいつもきらきらしとうて、すぐに手が届かへんとこにいってしまって。
俺だけ深い深い海の底に溺れて、あんたの光に手が届かへんところまで沈んで・・・」

は土岐の大きい背中に腕を回してぎゅっと抱きしめた。
彼の冷えた体を温めるように。

「・・・私泳ぎが得意なので、土岐さんが溺れたらすぐに助けにいきますから。だから手をしっかり握っててください」

大丈夫です、と優しく言い聞かせるようには土岐の腕の中で微笑んだ。

「それに、もし手が離れて離れ離れになったら、私のことを強く思っててください。そしたらすぐ助けに行きますから」
「あぁ・・・」

ーーーーーあんたはそういう子やった

まるでお日様のように温かくて、きらきらとしたまっすぐな言葉が
不思議と不安を取り除いてくれる。

この先にたとえ何があっても乗り越えていける。
一人では決してたどり着かない答えを導いてくれる。

彼女の強くてまっすぐな言葉に、土岐はふとジルベスタ―コンサート前の練習を思い出した。












合奏団のアンサンブルでは、最初はただのお遊び程度で手を抜いて息抜き程度でやっていた。
理由は、アンサンブルで合わせる彼女の音は単調で合わせやすいからだ。
自分らしさを出さずに、ただ譜面をなぞって一緒に楽曲をひいていればいい。

『あんたの演奏ってほんまにサラーッとしとるんやね』

ふと出てしまった一言から、彼女は何かに気づいたらしく
どうやったら本気を出してもらえるかを考えていたみたいで、
突然彼女に『本気でぶつかってほしい』と言われたときに心の奥底で何かがはじけた。

本気を出すには本気を出せる環境がいる。

無責任と思える彼女の発言にイライラを覚えて、一度突き放した。
その環境は自分が提供するのではなく、彼女自身が提供するべきものだと思っていたからだ。

遊び感覚で楽しんでいた合奏団。
そろそろ潮時か、そう思った矢先に彼女と2人の練習。
久しぶりに『スワニルダのワルツ』を合わせると俺の予想は見事に裏切られた。

彼女の演奏は、切なくて、愁いを帯びていてとてもきれいで。
夏の決勝で聞いた彼女の演奏に近い音だった。

『信じられへん・・・ちゃん・・・演奏スタイル全然前と変わった・・・?』

驚いた表情の俺に、どうだ、と言わんばかりの微笑んだ顔。

目の前に壁があればまっすぐにそれと向き合って、乗り越えるために努力して
あっという間にその壁を乗り越えていく。

そんなまっすぐで素直な彼女から目が離せなくなって。
もう引き返すことができなくなる程、体が彼女への想いで埋められていた。




















「あかんわ、・・・ほんま男前やね。ちゃん」

少し体を放して、のおでこに自分のおでこをくっつけて、じっとをみつめながら
土岐はふっと笑いがこぼれてしまう。

「・・・えっ、男前ですか?」

男前という言葉に少しショックを受ける彼女に、
土岐は今までにないぐらいの優しい笑みで囁いた。

「俺は、そんなあんたが心底好きや」

そのままの口に優しく触れるだけのキスを落とす。
は体温が一気に上昇して顔を赤くすると、
吐息が感じるほどの距離にいる土岐の顔を見つめた。

「・・・愛しとうよ、もう一生あんた以外考えられへん」

愛の言葉をなんども囁かれて、2度目のキスは深い深いキスを落とされる。

「んっ・・」










幸せが始まれば、必ず終わりが来て
始まりは終わりの始まりだと
いつも怯えてたけれど

多分その終わりでさえも 君はすぐに俺の手をひいて飛び越えて
キラキラ輝く世界へ連れていってくれるから

不思議ともう怖くない













「土岐さん・・・っ」

唇が離れると、恥ずかしそうに布団をかぶろうとする彼女の手を取って土岐は微笑んだ。
その表情にはすでに悲しみも苦しみもなく、幸せだけがあふれていて。

「・・・なぁ、俺だけあんたでいっぱいなんは嫌やから、あんたの中も俺でいっぱいにさせて?」
「・・っ」

ーーーーもう十分いっぱいです・・っ

はそんな言葉を出せる余裕もなく、
顔を真っ赤にして目をぎゅっとつぶり、土岐の背中に腕を回した。

高鳴る2人の鼓動が重なり、1つの音楽を奏でて、
まるで暖かなお日様にも似た月明りが2人を優しく包み込んでいた。











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読んでいただきありがとうございました。

土岐さんがかっこよくかけなくて切ないです・・・orz

私の中の彼のイメージは、ギャグ(大地との絡みとか)か、弱弱しくて
切ない感じなんですが、今後はもっとギャグ以外の
ほのぼのとした明るめな話書きたいです。
ホントはギャグも書きたいけど、書くほどの文才がない・・・orz


それにしても、副部長イベントいいですね〜!
文化祭イベントみたら副部長⇒主人公ネタ書きたくなりました。
でも東金に比べるとちょっとイベント少ない気もしなくもないですが、今後FDが出ることを期待して、待ちます!笑

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