一秒前の自分にさようなら




放課後に帰る約束をしていた彼女と待ち合わせをしているオケ部の部室へと急ぐ。
季節は冬で1月も終わるというのに、今日は少し暖かくてまるで春が訪れたかのような気候だった。

夕暮れに染まった廊下を急ぎ足で歩いて部室に近づくと、ヴァイオリンの音色が聞こえる。
その音に導かれるようにオケ部の部室のドアの前に立つと
部室の中にはがいて、一人ヴァイオリンを演奏していた。

橙色に染まった中で一人たたずむ彼女が幻想的で目を奪われる。

今、彼女は皇帝円舞曲の1stヴァイオリンのパートを弾いている。
1か月前のジルベスタ―コンサートの3曲目に一緒に演奏した曲だ。

『大地先輩が好きだって言ってたから3曲目にしました』

そういって付き合ってから初めて知った事実に俺はまた彼女への想いを膨らませたのを思い出した。

部室のドアには小さなガラス窓がついていて、
外から中の様子が見えるのだが、彼女は後ろを向いて練習しているため気づいていない。
どのタイミングで中に入ろうか迷っていると、部室の中で携帯電話の音が鳴り響いた。
はその音に気づくと演奏を止めて電話に出る。

その様子をみて、また部室に入るタイミング逃した俺はドアノブに手をかけていた手を引っ込めた。
部室は防音仕様ではないため、ドア越しでも声がよく聞こえてきてしまう。

「もしもし…」

彼女は電話の主に驚いたようだった。

「え、土岐さん?どうしたんですか急に」

(…っ!?)

彼女の口から突然出てきた名前に驚きを隠せない。
神南の元副部長がに電話をしているという事実だけで胸がもやもやして苛立っていた。

「来週横浜でライブですか?…はい、もちろん行きます。ヴァイオリンの勉強にもなりますし!」

彼女にその気がなくてもあの男のことだ。
いつ彼女の隙を狙ってさらっていくかわからない。

彼女が来週あの男と会うことを想像するだけで気が気でなくなって、
早くこのドアを開けて電話を奪い取りたい衝動に駆られるも、彼女にかっこ悪いところをみせまいとこらえる。

「ーーーーはい。ありがとうございました。それではまた。」

その後彼女は電話越しのあいつと少し雑談をした後、電話をきった。
電話が終わったのを確認すると、俺はすぐに部室のドアを開けて中に入る。

「あ、大地先輩」

ドアが開くのに気づき振り返って大地を見つけて微笑む彼女に、いつものように微笑み返す余裕がなく彼女に急ぎ足で近づいた。
もその気迫に押されたのか少し後ずさりをするも、すぐ後ろには楽譜がしまってある本棚があって行き止まり。
大地はそんな彼女を逃がさないように両腕を彼女を挟むようにして本棚へと伸ばした。

「あ、あの…」

両腕に挟まれて、見上げるとそこには大地の顔がすぐ近くにある。
しかし、いつもと違ってその目はあまり笑っていないため、
は心臓が掴まれている様な感覚に怖くなって体が強張って動けない。

「だ、大地先輩?」

大地の顔が少し近づくと、持っていた携帯を落としてしまう。

―ーーガシャンッ

静かな部室に音が鳴り響いた。
それでも大地は目をそらさずにの方をじっと見つめていて、
もその目をそらすことができず、携帯を拾うことはできなかった。

「…ちゃん、あいつと電話してたのかな?」

大地は右手での顎をくいっと掴んで持ち上げる。

”あいつ”とは、土岐のことだろう。
大地は前から土岐の名前を出すと、少し不機嫌なオーラをだす。
にしかおそらくわからないぐらいの変化。
彼のトーンからして、電話のことなども全てお見通しであるとわかり正直に答えた。

「そ、そうです…」
「…ちゃん」
「んっ…」

の名前を呼んだかと思うと、すぐにキスを落とされる。
一度離れたかと思うと今度は深いキスを落とされて。
息苦しくなって、唇が離れる度には必死に呼吸をする。
いつもの優しいキスではなく、の全てを求めようとする激しいキスにはくらくらしていた。
体の力が抜けそうになるも、大地が左腕での体を支えてそれを許さず、キスは止まらなかった。

(…行かないで欲しい)

その言葉を言えなくて、大地は嫉妬に狂った思いを埋めるかのようにに何回もキスを落とした。
逃げようとしても、追いかけてくる大地の唇。
終わることのないキスに、は大地の背中に回していた手で大地の服をぎゅっと掴んだ。

そのの動作に、大地ははっと我に返ってキスを止めた。
唇を放すと、すぐ目の前では息を荒くしている少し涙目の彼女がいて、大地は罪悪感に苛まれる。

「……大地、せんぱ…い」
ちゃん…ごめん…」

彼女の前では優しくてかっこいい彼氏でいたいのに、
彼女を好きになればなるほど独占欲がでて、嫉妬もして、嫌な自分がたくさん出てきてしまう。
抑えようとしても、彼女への想いがあふれると同じく、抑えられなくなっていて。

「…本当に、ごめん」

何度も謝る大地に、は顔を横に振った。
そして、大地のネクタイをくいっと引っ張り、少し背伸びをして大地に唇が触れるだけの優しいキスをした。

「…!?」

恋人からの初めてのキスに、大地は目を丸くする。

ちゃん?」

彼女は大地を見上げて、顔を赤くしながら優しく微笑んだ。

「ごめんなんて言わないでください。私は優しい大地先輩も、嫉妬してる大地先輩もどっちの先輩も大好きですから」

だから、安心して全部見せてください、と真剣なまなざしの彼女はキラキラと眩しくて。
胸の奥のわだかまりがすっと消えて、温かい感情がこみ上げてくるものを感じて大地は顔をくしゃっと緩ませて笑った。

「…ちゃん。ありがとう」

微笑んでいる大地をみて、自分の発言に急に恥ずかしくなって顔を赤くしながらうつむいてしまう

あぁ、なんて愛しいんだろう、と大地は人を心から思うことができる幸せをかみしめた。
さっきまでの嫉妬でいっぱいだった心が
一瞬で幸せでいっぱいになり、今度は優しく彼女を抱きしめた。

「ねぇ、ちゃん」

今までの自分でなくても、それでも君は好きだと言ってくれるなら。

「好きになりすぎて、この先もこうやって嫉妬したりするかもしれないけれど、そんな俺でも君は愛してくれるかな?」

は大地の言葉に胸の中で微笑んだ。
そして背中に回した腕に力を込めて、大好きだという合図を送る。

「もちろんです」という言葉と共に。














優しいだけの私も
いいところだけを見せる私も





一秒前の自分にさようなら




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読んでいただきありがとうございました。
また、かっこいい大地はいなくてすいませんでした(ごめんなさい)

コルダ4の大地は容姿よし、頭よし、人気もよし、みたいな完璧な人間ですが
主人公の前ではちょっとずつ弱い部分とか見せていて、特別感があってよかったなぁ
というところから、嫉妬に狂う大地さんを書きたくて書いてみました。
この後からふっきれた大地の暴走が始まるといいなと思ってみたり…
だんだん想像すると書きたくなるんだなぁ(笑


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